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碓氷峠陣城(3) ~ 微妙な郭群

 碓氷峠陣城の第3話です。

碓井新城IMG_5054

 五郭の東側です。

 二郭との段差は、1メートル未満です。

 微妙ですね。

碓井新城IMG_5056

 五郭から見た、西側です。

 こちらも微妙ですね。

碓井新城IMG_5076

 本郭方向からの四郭。

s碓井峠陣城北

 素人がいい加減なスケッチをもとに、僅かな遺構へデフォルメを施して描いています。

 正確ではありませんので、あくまでもイメージ図としてご覧ください。

碓井新城IMG_5086

 三郭からの本郭。

 今度は、一転、東側へ移ります。

碓井新城IMG_5063

 五郭の東の「C」が、若干くぼんでいて、堀っぽくなっています。

碓井新城IMG_5066

 「C」の東側には、「う」の尾根があり・・・

碓井新城IMG_5067

 「う」は、兵士が駐屯できそうな地形ですが、東へ進むにつれ、狭くなり、急激に下っていっていました。

 「碓井峠陣城・幅広2本堀」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」

碓氷峠陣城(2) ~ 緩い枡形

 碓氷峠陣城の第2話です。

碓井新城IMG_5051

 六郭に登ってきました。

 六郭を、写真奥のほうへ進んでいきます。

碓井新城IMG_5049

 左側の塁壁がやや、しゅっとしてきたあたりの左側に・・・

碓井新城IMG_5058

 枡形への入り口があります。

s碓井峠陣城北

 豊臣軍は、敵に対して圧倒的な大軍でしたから、敵の大軍に攻め寄せられる心配はありません。

 では、何故、陣城を築いたのか?

 大将の宿泊地を普請することで、大将の権威を示した。

 大軍で攻め寄せられる心配はないが、忍者等による少数の奇襲の可能性に備えた等の推察がなされています。

 豊織系陣城に枡形が配されることが多いのは、枡形が権威の象徴としての役割を持っていたからなのでしょうか?

碓井新城IMG_5060

 枡形に入りました。

碓井新城IMG_5079

 枡形の、向かって右側の土塁に登りました。

 その右側の・・・

碓井新城IMG_5078

 堀です。

 本気で守ろうという感じは、伝わってきませんね。

碓井新城IMG_5080

 土塁上から振り返った枡形。

 豊織系陣城の緩さに慣れていないと、枡形とは気が付かないかもしれませんね。

碓井新城IMG_5055

 枡形を抜けました。

 「碓氷峠陣城第3話・微妙な郭群」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」

碓井峠陣城(1) ~ 新城発見!

 みなさん、こんにちわ。

 中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。

 平成29年5月20日、碓氷峠陣城に行ってまいりました、お城仲間のМさんも一緒です。

 群馬県安中市松井田町峠にあります。

 碓氷峠陣城は、5月13日にその存在が公式発表された、新発見のお城です。

 所在地は群馬県ですが、アクセスは長野県軽井沢町からになります。

 まずは、 「碓氷峠狼煙台」 駐車場に車を止め、登ってきた道から更に北東へ進みます。

(峠集落に点在する駐車場は飲食店専用駐車場です。ご注意を!)

 すぐに、左手に パワースポットとして有名な 「熊野皇大神社」  が、あらわれます。通り過ぎてさらに進みます。

碓氷峠陣城アク

 峠集落を過ぎて、道が狭く、下りになると・・・

碓井新城IMG_5032

 右へ下る分岐がありますが、無視しましょう。

碓井新城IMG_5033

 進んでいくと・・・

 左に・・・

碓井新城IMG_5034

 石碑があります。

碓井新城IMG_5035

 石碑の背後に分岐がありますので、今度は右へ下るほうを選びます。

碓井新城IMG_5036

 表示の三点セットが目印です。

 この左奥側にあります。

 この先は、整備された道はありません、適当に林の中を進むしかありません。

 私どもは、一旦右の小道を進み、藪の途切れたあたりを左へ入り2分ほどで遭遇しました。

碓井新城IMG_5039

 でました! 低い塁壁です。

 この塁壁の低さと、枡形の存在が、豊臣軍の北条攻めの際の陣城ではないかとする、論拠の一つであると思われます。

s碓井峠陣城北

 上の写真は私が、三郭と推察する場所の裏側です。

 この先のレポートは、一転して、城の正面と思われる側から再開します。

 表示三点セットを左へ進むと・・・

碓井新城IMG_5045

 旧街道です。

 これを下っていくと・・・

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 右上に、六郭の塁壁が見えてきます。

碓井新城IMG_5048

 六郭へ登っていきます。

 「碓氷峠陣城第2話・緩い枡形」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」

高井城 ~ 小貝川水運掌握

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成29年2月25日、お城仲間のМさんと高井城に行ってきました。

高井アク

 茨木県取手市下高井1428にあります。

 小貝川に隣接しているため、小海川の水運を押さえるための築城であったと推察されます。

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 専用駐車場があり、安心です。

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 高井城址公園が整備されていますが・・・

 高井城と小貝川の間の低地が公園整備されていて、城の遺構のある部分が整備されているのではありませんでした。

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 台地の上に登ってきました。

 先人の図面によると、ここに三郭を守る櫓台があったようですが、現在はワズカナ盛り上がりが観察できる程度です。

高井図

 先人の図面から起こしました。

 北を小貝川との段差、西を食い込む谷に守られています。

 往時は総構えがあったのではないかと推察されていますが、宅地化や耕作により判然としません。

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 三郭と本郭を隔てる堀が残存しています。

 西下から見上げました。

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 同じ堀を、今度は見下ろしました。

 奥に谷が写っていますね。

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 本郭への小口です。

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 本郭に入って小口を振り返りました。

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 本郭は、芝生に梅と、良い風情でした。

 二郭の手前には柵が設けられ立ち入り禁止のようでしたので、撮影は自粛いたしました。

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 城の履歴に確かな記録はないそうです。

 千葉氏分流の相馬氏があり、そのさらに分流の高井氏の城ではなかったかと推察されているようです。

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 高井城をうたった歌碑。

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 北西からの遠景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「茨城の城」

野島崎灯台 ~ 明治2年竣工

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成29年2月4日、お城仲間のМさんと野島崎灯台に行ってきました。

野島崎アク

 千葉県南房総市白浜町白浜にあります。

IMG_3701.jpg

 駐車場の車を停めて、この道を進みます。

IMG_3703.jpg

 1869年に建てられた灯台であるということです。

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 入場料を支払うと中に入ることができます。

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 中に入りました、ここからは延々とらせん階段です。

IMG_3706_20170223134235221.jpg

 77段登ると・・・

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 スチール階段があり・・・

 スチール階段を上ると・・・

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 上の階へ行くことができ・・・

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 上の階には更に急な階段があり・・・

 階段の先には・・・

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 サーチライトがあります。

IMG_3711_20170223134522806.jpg

 ライトの脇に、外へのドアが・・・

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 絶景ですね。

 来てよかった!

IMG_3713_201702231346362ee.jpg

 野島崎ですね。

IMG_3718.jpg

 直下からの灯台でお別れです。

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