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青森県大浦城 ~ 津軽の英雄

中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。
平成22年8月16日、大浦城に行ってきました。
青森県弘前市大字五代、津軽中学校とその周辺が城趾でした。
学校建設と宅地開発により、ほぼ消滅しています。
訪問前は、岡城ではないかと勝手に思い込んでいましたが、純然たる平城でした。

n 234

 西側から見た大浦城址です。

 大浦城といえば、一代にて津軽藩を形成した希代の英雄「大浦為信」の、津軽平定戦旗揚げの城として有名です。

 私の母の実家が津軽なので、幼少時に過ごした津軽への思い入れがあり、どうしても押さえておきたい城でした。祖母の墓参のついでに寄りました。

 大浦為信の出自は諸説あります。南部家では「南部家の庶流である。だのに、謀反してけしからん。津軽は南部のものだ。」

 大浦家では、「近衛家に生まれた為信が、大浦家に養子に入った。

 為信は南部と関係ない。

 南部の庶流が背いたのではない。だから、独立にやましいことはない。」と、主張しています。

 他にも沢山の説があり、どれが正しいかなんて、もう、誰にも判りません。

de_20100921210403.jpg

 イメージ図を作成しました。

 現地掲示図面と、日本城郭体系掲載図面と、現地踏査から妄想しました。

この縄張りは、他の青森、秋田、岩手の城には見られない先進性が取り入れられています。

*先進性1 折りと横矢
 本丸には明確な折りがつけられており、城を攻める敵兵に対して横矢(側面攻撃)が出来るようになっています。
 他の城の郭は、ダンゴ虫型が多い。横矢もない。

*先進性2 囲繞型縄張り
 本丸を、半分囲むようにして二の丸が配置されています。敵が本丸に侵入するのを防ぐのは、二の丸であるという、防御思想があります。
 他の城は、ダンゴ虫型の郭が、防御思想が感じられない形で散在している。
 
 つまり、大浦氏は西日本の優れた縄張り思想を入手する卓越した情報網を持つと共に、それを実現に移せるだけの決断力、行動力、財力を持ち合わせていたことの証明と言えます。

 そう考え合わせると、大浦氏の津軽平定は必然とも言えるのではないでしょうか。

 n 230

 校舎のアタリが本丸です。

n 232

 校舎の東側のグラウンドが、二の丸です。

n 233

 右側が本丸、中央が堀、左側が西の丸です。

n 231

 林檎畑のヘリには、西の郭の塁壁の痕跡が・・・ カスカニ・・・

 大浦為信は、津軽平定後、津軽氏を名乗りました。二代津軽信牧が、徳川家康の養女を正室に迎えたことことから、将軍家の心証が良く、配置換えを一度も経験することなく、幕末を迎えています。

 n 226

 津軽は林檎だ・・・ ガードレールが林檎だ・・・ アップルロード・・
 コーポアップル・・・ アップルシアター・・・ 美容アップル・・ アップル写真館・・・

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