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檜山城⑤ ~ 北東北的縄張り

 檜山城の第5話です。

de_20100912113133.jpg

 北東北の城は、郭と郭の位置関係が、「相互に機能的防御関係を有している」とは思えない点が特徴です。

 檜山城も、その特徴を示しています。

 たとえば、「E」の郭が本郭からの射撃の制圧下にあるかといえばそうではありません。

 この特徴は南九州の城にも見られます。

 日本の北端と南端で同じ現象が生じるのが、不思議な感じがしますが・・・

 中央政権から遠ざかれば遠ざかるほど、領主は在地独立性が高まり、一族の長は決めるものの、決して絶対的な主従関係では無く、つまり、○家に○郭を任せたらそこは、○家が守る。×家に×郭を任せたらそこは・・・といった具合で、それぞれ守ることにより、それぞれの家の独立性を認める文化があった。

 本丸の外側が二の丸で、その外側が三の丸で・・・ 三の丸は二の丸の射撃の制圧下に・・・

 ○家は二の丸へ、×家は三の丸へとなると・・・

 「な~にぃ~? 我が×家が外側~?! ○家より格下だと申すのか~!!!」と、収拾がつかなくなるのでしょうね。

 檜山城でも本郭、二の郭、三の郭の名がついたのは、佐竹氏が入ってからで、それ以前は○○館と、それぞれの郭を呼んでいたはずです。

 n 337

 左が本郭南側の塁壁、右が「D」の郭です。

 中央の堀底道には門が設けられていたと推察します。

n 338

 「D」の郭は、なだらかに下りながら、南へと伸びています。

n 340

 「D」の郭の南はじっこから見おろしました。一段下がった郭があります。

n 341

 同じ場所から北東方面を見ました。腰郭が続いています。

n 342

 左、本郭南東の塁壁には「犬走り」がありますね。

 イメージ図に記入するのを忘れてしまいました。

 なにしろ大雨で、スケッチのインクがぐちゃぐちゃに・・・

 追加枡形へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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