FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  檜山城② ~ 佐竹氏支配始まる

檜山城② ~ 佐竹氏支配始まる

 檜山城の第2話です。

n 313

 尾根筋に到達しました。

 削平され、塁壁がギザギザに加工されています。

 檜山城が、豊臣大名秋田氏の支城となったのが、1590年。

 1600年には、関ヶ原の戦いで豊臣政権は崩壊します。

 常陸の佐竹氏は関ヶ原の戦いで東軍に参加しなかったために、その責任を負わされます。

de_20100912113133.jpg

 イメージ図を作成しました。

 上の写真は、「A」の場所です。

 1602年、常陸54万石から、秋田20万石への減封左遷です。

 逆に秋田氏は、常陸宍戸へ、その後福島県の三春5万石へと転封され、幕末を迎えます。

n 315

 しばらく細尾根が続きます。

 1602年、檜山城には佐竹分流の小場氏が入城します。

 しかし、檜山の東方の大館:比内地方で、浅利氏の残党が蜂起し、その対応をしていたため、檜山城にゆっくりはしていれなかったようです。

n 316

 「堀1」です。

 1610年には、同じく佐竹配下の多賀谷氏が配置されます。

n 317

 「B」地点から、「堀2」越しに、三の郭の塁壁を撮影しました。

 なかなかの迫力です。

 現在残る「枡形」などは、多賀谷氏の時代に造られたものであると推察いたします。

 1620年には、廃城令にて、檜山城は取り壊され、多賀谷氏は山麓に居館を構え、在地支配の拠点としました。(多賀谷氏館については、別途、レポートしておりますので是非ともご覧下さい!)

n 319

 三の郭側から、「B」を眺めました。

 複雑な加工が施されています。
 
 変わらぬビュースポットへ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
スポンサーサイト



Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード