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青森県浪岡城① ~ 南朝畠山氏

中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。
平成22年8月16日、浪岡城に行ってきました。

a浪岡アク

青森県青森市浪岡大字浪岡にあります。

n 196

 浪岡の集落から県道27号を北東に進むと、大きな看板があるので、すぐに発見できます。

 車の方は、この看板を通り過ぎてハジメテノ交差点を右に入ると、資料館の駐車場があります。

 n 190

 立派な模型がありますので、イメージ図はお休みとさせていただきます。

 先ほどの写真は、外郭から、北館を撮影したものです。

n 188

 資料館から東館への道を登っていきます。

 1333年、鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇が、建武の新政をはじめます。

 後醍醐天皇派の公家北畠顕家は、東北の経営を任され多賀国府に下向します。

 当時津軽地方を掌握していた安藤貞季が、北畠顕家の娘をめとったことにより、北畠氏とこの地との関係が出来ました。

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 東館と西舘の間には帯郭があり、木橋が復元されています。

 やがて足利尊氏が、後醍醐天皇を廃して、室町幕府を立ち上げました。

 後醍醐天皇がそれに反発して南北朝時代へ、そして北畠氏が仕えた南朝の零落といった流れの中で、北畠氏の子孫が浪岡の地へ移ったのではないかと推察されています。

n 194

 帯郭から北館を見ます。間に堀があります。

 1443年、安藤氏は南部氏のだまし討ちに遭い津軽を追われてしまいます。

 浪岡北畠氏は、安藤氏ゆかりでありながら、南部氏についたようで、その後勢力を増し、1400年代の後半に巨大な浪岡城を築城したようです。さすが京都出の方々は利に聡いですな。

 京都出身なので当時は浪岡城ではなく「浪岡御所」と呼んでいたそうです。

n 195

 見学路は、帯郭に沿って、北館の北側へ進みます。

 最初の写真のあたりから、来た道を振り返りました。

 差別の痕跡へ続く・・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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