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浄法寺城⑤ ~ 屈曲横堀縦横

浄法寺城の第5話です。

iw_20100831202148.jpg

 イメージ図です。屈曲した横堀が縦横に伸びています。

 堀の規模は、ところによっては、深さ、幅とも30メートルに達し、正に「巨堀」と呼ぶにふさわしい遺構です。

 1592年一国一城令により浄法寺城は廃城となってしまいました。その記録には「畠山修理持ち分・浄法寺城」とあり、浄法寺氏が畠山重忠を始祖とする名族であることが世間一般に認識されていたことが判ります。
 廃城の際、大館の土塁(あったのでは?)が崩され、周辺の堀が埋められたのではないかと推察します。

n 167

 新城館(右)と、西館(左)を隔てる堀底を進みます。

 軽自動車のサイズから、その規模を推し量っていただけると幸いです。

 その後、南部家は親族衆による支配体制確立を目指し、独立系領主を次々と粛正。浄法寺家もその対象になりました。

 身内が可愛いからって、そこまでやりますかね?

 三戸南部は、親兄弟親戚同士でも、謀殺、毒殺を延々と繰り返していますので、それに比べれば、たいしたことの無いレベルなのかもしれませんが・・・

n 168

 堀は、やがて、屈曲します。

n 171

 西舘に登り、屈曲する堀を撮影しました。

n 175

 西舘は広大で、高低差もあります。

 軍勢の駐屯地として活用されてことと思います。

n 173

 西舘の、西のラインには深く厳しい谷があり、天然の堀となっています。

n 174

 西舘から見た、新城館です。

 根城、浪岡城に匹敵へ続く・・・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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