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岩殿城⑦ ~ 崖の上の水の手

 岩殿城の最終話です。

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 巨岩にかこまれた崖の上に、現在も水をたたえる池があるのが、不思議ですね。

iw.jpg

 位置的には、こんな感じです。亀ヶ池と記しています。

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 蔵屋敷と呼ばれる平場です。

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 本丸は近世の建物に占領され、風情がありません。

 この背後に、堀切が二つあります。

 さて、小山田氏は、武田信虎、信玄、勝頼の三代に仕え、幾多の遠征に従軍し、軍功を上げます。しかし、勝頼の代に、織田信長・徳川家康の侵攻を受けてしまいます。

n 064

 搦め手道を下っていきます、この道が岩殿山で最初に開かれた道です。

 武田の親族衆である木曽氏や、穴山氏が寝返り、武田の防衛網は破綻してしまいます。

 真田昌幸(真田幸村のお父さん)が、勝頼に「上州岩櫃城へ、籠って再起するよう」進言し、勝頼は一旦同意しました。

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 七社権現堂洞窟です。搦め手を警備する兵士の詰所になっていたそうです。

 洞窟の奥の写真を撮ろうとしました。シャッターが下りません。

 ようやくシャッターが下りたと思ったら、何も写っていません、真っ白です。

 「拒絶されている」と感じた私は逃げるようにこの場を立ち去ったのでした・・・

 n 069

 細尾根が続きます・・・

 真田昌幸が去った後、小山田信茂は武田勝頼にこう告げたのでした「真田は、親族衆ではありません。信用できません。(親族衆である)私の岩殿城へお越し下さい。」勝頼は、小山田信茂を信じたのでした。

n 073

 上の写真の細尾根は、山頂から左側にガクンと下った後に、その左側に続いているヤツです。

 武田勝頼は、岩殿城へ向かいましたが、峠を小山田軍が封鎖!

 進退窮まった勝頼は、天目山へ向かいましたが、織田軍に追い詰められ自刃、小山田信茂は信長に降りましたが、不忠者とナジラレ首をハネられてしまいました。

n_20100821144629.jpg

 七社権現洞窟の位置は、この図でお確かめ下さい。

 小山田氏は滅亡し、岩殿城も廃城となったのでした。

 ホームページ 「土の城への衝動」
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