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飯山城② ~ 勝頼、信長、景勝争奪!

 飯山城の第2話です。

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 南から城に侵入すると常に西の丸からの射撃にサラサレ続けながら進まなければなりません。

 「あ」にたどり着くと、帯郭上と西の丸の張り出しとの2方向からの射撃を受けます。

 北から城内に侵入すると、狭い通路を、三の丸からの射撃にサラサレ続けながら進まなければならず、南からと同様に「あ」のキルスポットへ、強制的に導かれてしまいます。

 伏兵反撃を考えない、専守防衛の縄張りです。

 武田兵が来たらヒタスラ守り、春日山からの後詰(援軍)を待つのが飯山城の役割でした。役割に忠実な縄張りといえましょう。

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 三の丸です。

 信玄が信濃唯一の上杉領飯山城をほおっておく訳もなく、1568年に飯山城を囲みました。しかし、飯山城の守りは堅く、武田軍は兵を引いています。

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 三の丸から二の丸の石垣を見ています。右奥に小口が見えますね。

 謙信がかたくなに死守し続けた飯山城ですが、1578年に謙信が亡くなり、その後継を巡って景勝と景虎の間に、御の乱が勃発すると、情勢は変わってきます。

 景虎は北条氏よりの養子であったため、北条氏は同盟する武田勝頼に景虎支援を要望しました。

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 二の丸には、図の奥側にも小口があります。その、石垣です。

 勝頼はこれに応じ、信濃から越後へ出兵します。

 ところがそこで景勝捨て身の買収作戦が展開されました。景勝は黄金と、飯山領、更に上州の上杉領の割譲を申し出ます。

n 088

 上の小口のあたりから、東側を撮影しました。

 千曲川が天然の堀をなしているのがわかります。

 長篠の戦いに敗れ、意気消沈、金山の金脈が枯渇して経済的打撃を受けていた武田勝頼はこれに応じました。

 石垣枡形完全残存へ続く・・・

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