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倉ヶ崎城③ ~ 塩谷兄弟の内訌

 倉ヶ崎城の第三話です。

n 018

 本郭に入りました。渡ってきた橋を振り返っています。

 さて、戦国期を通して那須氏と、宇都宮氏は抗争を繰り広げ続けてきました。

n 020

 郭は段々に下っています。

 倉ヶ崎城主塩谷孝信は、那須家重臣大関氏の娘を娶り那須氏につきました。

 孝信の兄で川崎城主の塩谷義孝は、宇都宮氏についていました。

n 001

 日本城郭体系では、東二郭を本丸としています。

 私の図の本郭から、東二郭への侵入路が低く設定され、半枡形になっていますので、兵力が少ないときは、西二郭を最終防御拠点する場合もあったことでしょう。

 しかし、兵力が存分にある場合は、私の図の本郭が二本の20メートル級堀切に挟まれていることから、最終防御拠点であったと推察します。

n 032

 本郭から、東二郭を見おろしました。

 最終防御拠点が楽に見おろすことが出来るのはやはり、防御上難がありますね。

 さて、関西では豊臣秀吉と徳川家康が小牧長久手の戦いでしのぎを削った1584年、兄義孝は、倉ヶ崎城を急襲して、奪取します。

n 022

 本郭と、東二郭の間の堀も幅が20メートル近くあり、橋がかけられています。

 弟信孝の面目を施さんと、翌年、宇都宮氏は2500の兵を出します。

 対する那須勢は、1000で、薄葉ヶ原にて激突します。

n 025

 橋を渡っていきます。

 合戦は、兵力に勝る宇都宮勢が勝利し、弟信孝は、倉ヶ崎城を奪回します。

 その際、二度と那須勢の手に落ちないよう、宇都宮領内から多くの動員がされ、巨大堀切が二本掘られたのだと思われます。

 公方家再興へ続く・・・

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