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埼玉県腰越城・青山城・時代まつり

11月4日(日)埼玉県比企地方に遊びに行ってきました。

まずは小川町の腰越城です。この城は、私の好きな城の一つで毎年訪れています。

東秩父村、小川町、嵐山町、滑川町、東松山市のあたりを領有した上田氏の居城です。

 

この看板が登り口です。

 


              この山の山頂に腰越城はあります。

 


             5分ほどでたどり着きます。看板が豊富で親切です。

 


                           解説版です。


 いたるところに地図(現在位置付き)が設置されています。これが無いと大変なことになってしまいます。この城は迷路のような構造をしているのです。本郭への道と思って進んでいくと行き止まりだったり。本郭の反対方向に進まないと道がつながらなかったり、ぐるぐると引き回される感じです。ひねくれ者の私の感性にぴったりです。

 


       本郭からは、小川町の町並みと青山城(中央奥の山)が望めます。

 

 


次に同じ小川町の青山城に向かいます。仙元山見晴らしの丘公園に車を停めて、30分歩きます。

 


 多分、10年ぶりの青山城です。何でこんな山奥に城を作る必要があったのか? 当時は不思議でなりませんでした。仙元山公園自体が既に山頂で、人里離れているのです。そこから更に30分も山奥に入ったら、平地への影響力はほとんど行使できないですよね。ところがその後、秩父口の金尾城に登った際、そこから青山城が見えることに気が付いたのです。それから周囲の城から青山城が見えるか確認して廻ったところ、ほとんどの城から見ることが出来ました。中世の通信手段は烽火でしたから、どの城からも見える青山城は、烽火ネットワークの要だったのです。言い換えれば中世の電波塔ですかね。

 写真をたくさん撮ったのですが、帰ってから見るとどれもただの藪にしか見えませんでした。土の城を伝えるのは難しいですね。


 


 帰りに菅谷城の前を通ると、イベントをやっているようだったので、寄ってみました。

 


             武者行列の皆さんです。かなりお疲れの模様です。

 


             火縄銃の発砲イベントもありました。

 


 流鏑馬もありました。流鏑馬は神事とのことで始まるまでに幾多の儀式が延々と続けられ、1時間以上経過してから、的を射る活動が開始されました。会場の皆さんは不満たらたらでした。これは移動の写真です。

 

 


 これは走る馬の上から武者が弓を射る写真を撮ったはずだったのですが、あまりのスピードの速さに、私のシャッターを押す手の動きが間に合わなかった・・・・写真です。馬が速すぎて弓をつがえるのが間に合わなかったようで、的は割れていません。

 

 


 4回目でようやく写す事が出来ました。的にあたり、的の板が割れ、やんやの歓声が上がりました。

 


 帰りに面白いものを見つけました。菅谷中学校の敷地を囲う柵なのですが、武者行列が描かれた上に、弓と矢のレリーフまでついて、なかなか芸が細かいです。感心してしまいました。

 

ホームページ「土の城への衝動」http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

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