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烏山城② ~ 那須家没落

 烏山城の第二話です。n 044

 浅い堀切があります。本城域に入ったようです。

n 002

 イメージ図を作成しました。

 先ほどの浅い堀切は、図、右下のものです。

 烏山城は主要部以外はヤブに飲み込まれており、この日は雨上がりでしたので、主要部のみの踏査と描写にさせていただきました。

 さて、1590年、豊臣秀吉が小田原攻めの際に、各大名の参陣を求めました。

n 046

 道を進むと右側に塩倉の塁壁がせり出してきます。

 城攻め兵は、この道を、上からの投石にさらされながら、一列になって進まなくてはナリマセン。

 那須家の重臣、大田原氏や、大関氏は当主の那須資晴に、小田原参陣を勧めますが、那須資晴は頑なにこれを拒みます。

n 047

 塩倉塁壁の上部は石積みにて補強されています。

 大田原氏と大関氏は仕方なく、自分たちだけで小田原へ・・・

 怒った秀吉は、那須氏の所領8万石を取り上げてしまいました。

n 051

 塩倉にたどり着きました。

 大田原氏のとりなしで、那須資晴の子が取り立てられますが、嗣子無く、大名家としての那須家は没落してしまいます。

 n 049

 塩倉にある掲示板の背後には、二の丸の塁壁が迫ります。

 信長の次男入城へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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