FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  砥石城⑤ ~ 真田幸村入城

砥石城⑤ ~ 真田幸村入城

 砥石城の最終話です。

n 137

 本城から、南へ進むと、砥石城の塁壁に達します。

 この城が歴史に登場する最終舞台は、1600年、

 信州の関ヶ原「第二次上田合戦」です。

n 141

 真田昌幸と次男真田幸村は西軍につき、嫡男真田信幸は東軍につきます。

 東軍の主力とならなければならない徳川軍は関東から中山道経由で関ヶ原に進むこととしました。

n 142

 砥石城から見下ろした米山城です。

 徳川軍は遠征に慣れていなかったので、遠征費や兵糧の見積もりが甘く・・・

 真田昌幸の上田城を接収して、帳尻を合わせたい気持ちでイッパイでした・・・

n 146

 砥石城から米山城への下りは、峻険を極め、ロープを伝わないと、滑り落ちてしまいます。

 写真は、下りの途中で、下ってきた道を見上げたものです。

 このルートで敵が攻め登ろうとすると多くの損害が出ることでしょう。

n 148

 米山城への登りもロープが用意されています。もうすぐ・・・

 徳川軍3万8千は、上田城攻めにかかります。

 真田昌幸は、第一次上田合戦の再来を期し、砥石城に真田幸村を配置します。

n 001

 徳川軍は、第一次上田合戦の再来は避けたかったのでしょう。

 東軍となった真田信幸に、砥石城を攻めさせます。

 真田幸村は、兄に手柄を持たせたかったのでしょう。

 また、兄が砥石の守備につけば、上田攻めに加わらなくて済むとの配慮があったのかもしれません。

 真田幸村は、兄が城にせまると、上田城へ退却しました。

n 150

 米山城本郭です。

 創始は砥石城よりも古く、砥石城の築城と共に複合要塞の一角に組み込まれたようです。

 徳川軍は、前回痛い目に合わされた砥石城と虚空蔵山城を制圧し、意気が上がります。

n 156

 米山城から見た砥石城です。

 ところが、上田城はこの日に備えて防備を強化していました。

 城下町の要所要所に、掘り付きの寺社を配置・・・

 徳川兵は、それらを掃討する前に、またもや真田の釣り野伏せりに引っかかり・・・

 敗走する真田兵を追って、城下に殺到・・・

 結局は、前回と同じ結果を招いてしまったのでした。

 昌幸はしてやったりと喜びましたが、関ヶ原で西軍が敗北し、高野山へ流配されてしまうのでした。


 ホームページ 「土の城への衝動」
スポンサーサイト



Comment
Re: 大御所様が
丸馬出様 ご来訪ありがとうございました。

 トランプさんが離日する日は、一部道路封鎖が行われ、大変でした。
 偶然、トランプさんの乗ったヘリを真近で見ることができました。
 機体の材質が特殊であるように感じました。

 上田城は、地形を生かして、奥へ引き込み、せん滅する堅城ですね。

 お寺の配置が絶妙で、攻城側の進退を制約しています。

 お寺は、出城的役割を持っていたかもしれませんね。
大御所様が
万が一、大御所様が!
という場合ならわからんですよ。

今になってわかりました、横田基地ですか
交通規制がすごかったでしょうね

追伸
上田城の戦術を書きました。
自分で言うのもなんですが
うまく書けたので
読んでいただければ幸いです
Re: 関ヶ原で西軍が勝ったら
丸馬出様 ご来訪有難うございます。

 昌幸さんならそこまで考えていたかもしれませんね。
 でも、信幸さんは乗るでしょうか?
 そこら辺を妄想するのも面白いですね。

 職場が横田基地近くなのですが、警備の人と見物の人で
ごったがえしています。

 明日から静かになるといいのですが・・・
関ヶ原で西軍が勝ったら
関ヶ原で西軍が勝ったら、昌幸さんは
信幸さんに秀忠さんの背後を
突かせようとしてたのではと妄想しています。
いかが思われますか。

追伸 
ブログに上田城の(マニア向けの)みどころを
掲載しました。よろしければごらんください。
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード