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砥石城② ~ 真田幸隆奪取

 砥石城の第二話です。

n 104

 尾根筋には、社が建っていたり、トコロドコロ若干の削平地があります。

 砥石城の築城時期に関する記録は残っていません。

 1541年、村上、諏訪、武田が兵を出し、この地を含む小県郡に根を張っていた、海野・滋野一族を攻めました。海野・滋野一族は敗退。真田幸隆は上州へ逃れ、同じ真田郷の横尾氏や曲尾氏などは、村上氏に頭をたれ、屈服します。


n 105

 更に尾根筋を登っていくと「旧松代街道」の表示が・・・

 砥石城は、城内に街道を取り込んでいたのですね・・・

 村上氏は、真田郷を手にいれました。

 屈服した豪族たちはそれぞれに小さな城を幾つも持っていました。

 村上氏としては、豪族の城とは比べ物にならない大規模な城を築くことで、新領主の絶対性を示したかった。

 つまり、1541年以降、村上氏が砥石城を築いたとする説が有力です。


n 107

 更に尾根筋を登っていくと、規模の大きな削平地にたどり着きました。

 この地を追われた、真田幸隆は上州を放浪後、武田信玄に仕え、旧領回復に執念を燃やします。

 1550年に、武田信玄が砥石城を囲むも、撤退・・・

 しかし、翌1551年には、真田幸隆は独力で砥石城を乗っ取ることに成功します。

 城内に内応者をつくり、真田勢を引き入れさせたとする説が有力です。


n 001

 先ほどの削平地は、図では枡形城の下の郭です。

 砥石城は、真田幸隆に与えられたとする説と、甲斐譜代の小山田虎満に与えられたとする説があります。いずれにせよ、村上氏の反撃を想定して、追加の普請が続けられたと想像されます。


n 112

 更に登っていくと尾根は細くなり・・・

n 113

 堀切も設けられています。

 堀切から枡形城への登りは、急峻を極め、木をつたわないと先に進むことが出来ませんでした。

 このルートは、細尾根で大軍の展開が不可能、急峻を極め、木が無かった時代に、鎧を着た武者が登るのは不可能・・・ つまり、このルートからの城攻めは絶対に成功しないことを実感しました。


 真田昌幸継承へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」
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Comment
Re: 砥石城
史進さん。ご来訪有り難うございます。
夏の信濃山城はオススメですよ!
山頂に着くと、爽やかな風が吹きます。
膝をイタワラネバト思うのですが、
衝動的な性格なのですぐに無理をしてしまいます。
ニヤっとできる面白い企画を楽しみにしています。
では、また、お会いしましょう。
こんばんは、戸石城は今だ訪れたことがなく
いずれは登りたいと思っています
とても参考になります
信州はこの時期でも山城はいけそうですね

膝、お大事に
山城登りには決して折れない強靭な心と丈夫な膝が不可欠ですから(笑)
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