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真田郷尾引城② ~ 三重堀

 尾引城の最終話です。

n 079

 本郭に入りました。

 手前に「しとみ土塁」が若干残っています。

 「しとみ土塁」は、敵が郭内を見通せないよう、敵が郭内へ真っ直ぐ進めないように設けられるものです。


n 081

 この解説版が、私にとっては衝撃的でした。

 1548年の上田原合戦で、横尾氏は村上氏に従って、武田信玄と戦い当主が戦死した・・・

 ここまではわかります。



n 001

  幼君は上州に逃れ・・・ 当主が戦死しても尾引城があれば、上州へ逃れる必要はありません。 

n 078

 本郭背後の土塁です。

 上田原合戦は信玄の敗北とされていました。そして負け戦の悔しさから2週間以上現地にとどまった・・・と

 この2週間は悔しさからではなく、村上軍を上田原に拘束しながら、別働隊を真田郷に派遣し、武田の勢力下に収める為の2週間であった・・・・ 


n 083

 本郭背後の堀です。

 1550年に、真田幸隆が川中島の寺尾城に救援に向かった記録があります。

 尾引城の脇には、地蔵峠を越えて、川中島へ抜ける道があります。

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n 084

 堀が連続しています。
横尾氏が尾引城に健在であれば、真田幸隆は寺尾城救援に行くことはできなかった。

 つまり、その時点で横尾氏は、ここにはいなかった。

 上田原の真実がアカサレテきました。  


n 085

 三本の堀が見てとれるでしょうか?

 私の山城の師匠でリンク「中世の山城探索」のオーナーは、横尾氏の子孫だとのことです

 ホームページ 「土の城への衝動」
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