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山梨県旭山塁① ~ 異形の城


中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。
平成22年4月24日、甲斐国人衆「若おじさん」様のご案内で、旭山城に行ってきました。
お城仲間の、Mさんもご一緒です。

旭山アク

山梨県北杜氏高根町にあります。標高912メートルの旭山山頂ですが、近くまで車で行けます。


m 124

 旭山塁を西から見ました。

 中央やや左の山です。

 県道608号から高根北小学校のアタリで、南の細道へ入り、

 山を登って、頂上が近いかな? ・・・あたりの分岐を左へ、

 駐車場があります。


m 139

 長大な横堀が、迎えてくれます。

 この城は、創設と廃城が明確である点で歴史的価値が高く・・・

 更にその縄張りの特異性も歴史的価値が高い・・・

 正に異形の城で、もっと注目されても良いかと思います。


m 021

 この城の創始は、1582年、天正壬午の乱に際してです。

 武田勝頼が織田信長に滅ぼされ、織田信長が本能寺の変に倒れると、甲斐、信濃は無主の地となります。

 北条氏政は、碓氷峠を越え、4万の大軍で佐久を席巻し、若神子城に着陣。

 徳川家康は、甲斐の中央部を押さえ、新府城に着陣します。8月6日のこととされています。


m 138


 長大な横堀を過ぎると、延々と曖昧な削平地が続きます。

 北条は4万の大軍ですから、若神子、谷戸、深草、中尾、豆生田、獅子吼等の城を接収しても駐屯地が足らず、旭山の山上を削平して、駐屯地の一つにしたと考えられています。

 旭山は前線から離れている為、防御を固めるというよりは、大勢が駐屯できるように、削平地を大きくとったのでしょう。


m 125

 通常、これだけの広さの城であれば、本丸、二の丸、三の丸、四の、五のと、区切って、防御を固めるものですが、巨大駐屯地は延々と続いています。

m 127

 もう遺構は無いのでは? と、アキラメカケタ頃に石碑が出迎えてくれます。

 北条流角馬出しへ、続く・・・


 ホームページ 「土の城への衝動」
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