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扇子平山城⑥ ~ うねる細尾根

扇子平山城の最終回です。

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 本郭の背後には細尾根が延々と続いています。

 さて、前話にて男気を示した甘利昌忠は、父虎泰に劣らぬ名将であるとの評判が立ち、武田信玄の覚えも良くなりました。


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 細尾根には左右交互に竪堀が刻まれているようにも見えます。

 ところが、甘利昌忠は間もなく死去、原因の記録はありません。


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 図、中央の、若干郭っぽくなっているかな? といった場所の上部です。

 甘利家は、弟の信康が継ぎます。


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 若干、郭っぽくなっているかな? のスソ部分です。

 ところが、甘利信康は、長篠の戦いで帰らぬ人となり、それ以降、甘利氏の記録は見られなくなってしまいます。


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 コンナニ、エグレテ!

 竪堀に雨水が集まるうちに崩落してしまったと推察します。

 武田滅亡の後、織田信長により、甲斐国人衆の多くは首を刎ねられた為、甘利氏も被害にあったのかもしれません。


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 この切り立ち具合をご覧下さい!

 本能寺の変以後、徳川家康が甲斐に入ると、この近隣の武川衆が家康に仕え、北条との戦いに参加しますが。

 武川衆のなかに、甘利氏の関係者が混ざっていたのかもしれません。


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 イメージ図、三本合流竪堀のあるあたりの尾根筋です。左右にうねっています。

 竪堀は、ハッパ等に邪魔されて上手く撮影できませんでした。

 物好きな方は、現地にてご確認下さい。

 武川衆は、旗本に取り立てられた者と帰農したものがあったそうです。

 扇子平山城も戦国の終わりと共に、その役目を終えたようです。

 ホームページ 「土の城への衝動」
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