FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  益子古城② ~ 建物遺構

益子古城② ~ 建物遺構

 益子古城の第二話です。

m 068

 本郭の塁壁のこのアタリは見事です。

 さて、益子氏は、同じ宇都宮配下で東となりの笠間氏と境目争いが絶えませんでした。


m_20100502063230.jpg

 上の写真は「う」方面から「あ」白い建物がある・・・と、本郭の境目方面を写したヤツです。
 この城で見ごたえがあるのはここだけです。

 益子氏と笠間氏との境目争いに、寄り親の宇都宮氏は仲介や調整をしてくれませんでした。その上、芳賀氏ばかり重用することに、益子氏は不満を募らせていました。


 m 071

 「え」の郭です。南側に土塁を配しています。
 本郭と「え」の間には堀があったようですが、現在は埋められてしまっています。

 戦国期になると北関東にも北条氏の勢力が伸び、宇都宮氏は佐竹氏と連合することにより、北条氏の侵攻に対抗しました。二氏だけでは、対抗しきれないので、群馬県に関東以外から入った勢力との連携もいたしました。
 上杉謙信、武田信玄、武田勝頼、織田信長などとの連携です。


m 072

 「え」から、本郭と、「あ」方面を見ました。

 1582年、本能寺の変が起こり、織田の勢力が関東から去ると、北条はツイニ群馬県を制圧します。
 このことにより、宇都宮・佐竹連合は、関東外勢力との連携を閉ざされ、関東の北東に孤立することになりました。

 それまで反北条だった佐野家は、北条より養子を迎えその隷属化下に、結城氏は限りなく北条への屈服に近い同盟関係への踏み切り、自家の存続を図ります。


m 074

 本郭からは、建物の跡が検出され、表示されています。

 北条家の走狗と化した結城氏が目をつけたのが、主家宇都宮に不満を持つ益子氏だったのです。

 賭けに敗れる・・へ、続く。

 ホームページ 「土の城への衝動」


スポンサーサイト



Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード