FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  修善寺城② ~ 国清孤立!

修善寺城② ~ 国清孤立!

 修善寺城の最終話です。

m_20100418134754.jpg

 イメージ図を作成しました。

 細尾根の山に削平地を設けただけの単純なつくりです。
 室町期であり、縄張り技法が発達していなかった。
 築城期間が短く、とりあえず駐屯できるようにすることを最優先にしたといったところでしょうか?

 さて、畠山国清反乱の報に、「鎌倉公方・足利基氏」は、関八州へ檄を飛ばします。
 参集した軍勢は万を下らなかった事と推察します。


m 199

 南側の腰郭に石積みの跡が残っています。

 畠山国清も伊豆の土豪に協力を要請します。先の小競り合いでは、味方するムードだった土豪衆でしたが・・
 万の軍勢を前に、国清の要請を無視! 誰も泥舟には乗りたくないものです。


m 200

 頂上の本郭です。

 土豪衆の協力を得て、修善寺城、金山城、三津城に籠り、ゲリラ戦を展開する・・・ 国清の構想は瓦解してしまいます。
 金山城と三津城に火を放ち、手勢500で修善寺城に・・・


m 201

 北側の斜面にも石積みが・・・

 万対五百。畠山勢はやがて刀折れ、矢尽き、兵糧にも窮した為、降伏開城したとのことです。


 m 194


 城跡から南側を見下ろしました。

 この平野に満ちる万の軍勢を、国清はどのような気持ちで見据えていたのでしょうか?

 伊豆を去った国清は、西国を放浪し、野垂れ死んだとの言い伝えもありますが、実際のところは定かではありません。

 ホームページ 「土の城への衝動」
スポンサーサイト



Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード