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下田城① ~ 軍港包括的縄張り

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。
 平成22年3月31日、下田城に行ってきました。

下田アク

 静岡県は伊豆半島の南の方、下田市街地の南部に下田公園として整備されています。

 前日、5時30分に仕事を終え、中央高速に乗り、9時過ぎには東名高速沼田インター近くのホテルにチェックイン。翌朝2時30分に目がさめ、下田へ移動し、車中で仮眠しながら夜明けを待ちました。


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 下田港の夜明けです。

 現状の遺構は、北条氏が、豊臣秀吉の脅威を感じ始めた時期に、普請されたとする説が有力です。


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 北側からみたイメージ図です。

 先に紹介した丸山城が、同じ海賊城でありながら、「城は、軍港の脇に突っ立っている」のに対し、下田城は「城が軍港を包み込んでいる」点で、縄張りの進化形に位置づけられます。

 通常山城は、最高所を本丸とし、最終防衛地点に位置づけますが、下田城は違います。
 最終防衛地点と位置づけられるのは、軍港①と居館で、左右からの攻撃を「あ」と「い」の尾根を切岸とすることで防御しています。最高所には矢倉台と背後に横堀を配置していますが、最高所を守りたいのではなく、「最高所を取られたら軍港が攻められるから防御している」点が、通常の山城との違いです。
 海軍城ではありませんが、「谷を守る城・楽厳寺城」と、縄張り思想上の共通点を見出すことが出来ます。


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 「あ」の尾根上です。両側が切り立っています。

 1万5千とも言われる豊臣勢が来寇したとき、北条勢は500で下田城を守り、1ヶ月篭城を続けたと記録に残っています。海賊城ですから、海の上に軍船を浮かべ、敵の軍船に備えなければいけません。背後の山に割くことができた軍勢は、100強ではなかったかと推察します。


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 最高所の矢倉台です。

 尾根筋の防御ラインは長大で、100の軍勢で防御するのは至難の業です。
 その為、伏兵を出したり、収容したりする小口は設けず、防御のみに徹する構造を採用したと思われます。
 矢倉台の脇に1箇所小口が見られますが、これも近世の公園化による可能性が考えられます。


m 068

 その小口です。

 大よこ堀へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 
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Comment
Re: 下田城の魅力
こっきい様
お懐かしゅうございます。
ML在りし日の頃、お声をおかけ頂いた事、有り難く・・・
さて、下田城ですが、夜明けの薄暗い中での踏査でしたので、
その真髄を確かめたとは言えず、恥ずかしいレポートとなりました。
しかし、薄暗い中でも尾根の切岸化への執念はヒシヒシと伝わって参りました。
尾根に沿った竪堀もまた然りですね。
イメージ図は、下手なところが良いと言ってくださる方が複数いらして・・・
真に受けて、描いております。
正確さよりも、要害性の表現・・・
詳細よりも、防御思想・・・を、伝えたいと自己満足の・・・
ご来訪、本当に、有り難うございました。
下田城の魅力
先月、ワタシも下田城を訪れました。
港湾を抱き込む海城と、切岸+横堀の山城の両面がみられる興味深いお城だと思います。

中世城郭事典でも触れられていますが、(い)の尾根の途中から軍港(1)方向に伸びる小尾根筋があります。その姿は竪堀を伴う縦土塁となっており、東方向から侵入した敵を遮断する「軍港のフタ」として見事に機能しています。西国や倭城の登り石垣を連想いたしました。

# イメージ図がわかりやすくてステキです。
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