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山梨県本栖城② ~ 四連続堀切!

 本栖城の第二話です・・・

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 細尾根を進んでいくと・・・
 第一堀切を発見!
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 第一堀切を、横から撮影しました。マダマダ堀り切りますよ・・・
 細尾根をヒタスラ掘り切る・・・ 古い築城思想ですね・・
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 第二堀切です。
 細尾根を掘りきると、少ない兵で、守ることが出来ます。
 逆説的に考えると、多くの兵を駐屯させる軍事拠点とはなり得ない・・・


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 第三堀切です。
 街道を警戒する砦、兼、烽火台という解釈は妥当な線かと・・・


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 振り返ってみました。
 天正壬午の乱で某氏が籠ったとのことですが、その時には普請(造成工事)はされていないと思われます。
 鉄砲の時代の堀幅ではありません。


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 第四堀切です。
 この先が本城域です。

1582年、武田家が滅び、甲斐へ侵攻した織田信長が本能寺の変に倒れると、甲斐は、北条氏直と、徳川家康の草刈り場に・・・ この騒乱を天正壬午の乱と呼びます。


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 敵兵の迂回を防ぐ為、竪堀が斜面を下っています。

 徳川家康は、富士の西、富士川沿いに北上し、府中(甲府市)を押さえます。
 北条氏直は、富士の東、御殿場から山中湖、河口湖を経由して郡内(大月市、都留市、富士吉田市、河口湖町)を押さえます。

 北条軍が、河口湖 ⇒ 西湖 ⇒ 精進湖 ⇒ 本栖湖と進み、富士川沿いに展開し、徳川軍の補給路を絶つ可能性もあったことを考えると、この城も緊張に包まれたことでしょう。


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 主観と妄想により、生み出されたイメージ図です。

 出た! 石積み遺構! へ、続く・・・


 ホームページ 「土の城への衝動」
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