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山梨県要害山城① ~ 武田信虎・甲斐統一

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成21年11月1日、お城仲間のKさん&Mさんと要害山城に行ってきました。

a熊城アク
 
 山梨県甲府市上石積翠寺町、積翠寺の北東約1キロにあります。
 積翠寺温泉、ホテル要害に日帰り温泉の利用をお願いし、要害山城登山後の利用で構わないか確認を頂きます。この手順を踏んで、車をホテル要害の駐車場に停めさせていただきました。
 日によって、状況が違うと思いますので、必ず、駐車場利用の確認をとるべきであると思います。

9111 050

 駐車場から30秒で、この看板があります。登り口です。

 さて、要害山城は、甲斐守護武田家第18代当主、武田信虎(信玄のお父さん)が築城しました。
 武田信虎が、1507年、弱冠14才にて家督を継ぎましたが、守護とは名ばかりで、実質的な支配地は甲斐の中心部にしかありませんでした。

9111 051

 鳥瞰図が掲示されています。

 武田信虎が家督を継ぐと、それに異を唱える信虎のお父さんの弟が反乱の兵を挙げます。
 この挙兵に、多くの豪族が参加し、信虎はピンチに・・・
 しかし、信虎はタダモノデハナカッタ! 連戦連勝で反乱軍を圧倒!
 1509年には甲斐東南郡内地方を治める小山田氏を屈服させます。

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 整備された登山道を登っていきます。

 1515年には、甲斐西部の大井氏が反逆! 駿河の今川氏を甲斐に引き込みます。
 武田信虎は、今川軍を撃破し、大井氏を屈服させます。
 この時、屈服の明かしとして大井氏は娘を信虎に差し出します。

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 この様に標示が豊富です。

 大井氏の屈服を持って、甲斐の統一を果たしたと考えた信虎は、新しい国府の建設を構想します。
 それまでの国府石和は、甲斐の東部に位置し、甲斐の中心とは言えない。また、要害の地ではない。しかも、笛吹川の氾濫に悩まされること多い。

 そこで、信虎は、甲斐の中心に近く、三方を山に囲まれ要害の地であり、河川の氾濫に悩ませられない、現在の古府中に本拠を移します。

9111 057

 要所要所に、城門が設けられ、城門の周りは石積みで固められています。
 
 1520年、武田信虎は、古府中の北方に有事の詰め城として、要害山城を築きます。

 武田信玄誕生へ続く・・・

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