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長野県座光寺南本城(2) ~ 徳川への忠誠

座光寺南本城の続きです・・・

 

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            堀底から本郭の塁壁を見上げます。

 

          もうスグだ・・・ 気持ちが奮い立ちます・・・

 

 1554年、武田信玄は下伊那に侵攻しますが、座光寺氏は抵抗しました。

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                 本郭の小口です。

 

 座光寺氏は、この城を捨て、反武田の盟主知久氏の神之峰城に篭城・・・

 

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 しかし、多勢に無勢で追い詰められ、神之峰城は落城し、座光寺氏は捕らえられてしまいます。

 

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 伊那の城は、河岸段丘が二本の沢により区切られた、舌状地形を利用するのが多いのですが、この城は、伊那には珍しい山城です。

 

 本郭周辺の郭たちは大変ゆるい感じなのですが、要所に大変深い堀切を配し、図左側の進入路は複雑かつ技巧的です。

 

 時代をすごす中で、順次改修・・・ 増築されていったのだと推察します。

 

 南本城は、有事の詰城で、平時は北本城に居住していたようです。

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        西郭です・・・ 前後を堀切で防御しています・・・

 

 武田時代は、日の目を見なかった座光寺氏ですが、武田氏が滅ぶといち早く徳川家康に通じ、その地位を復活させます。

 

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       奥が東郭です。手前の堀がスゴイ切り立ちです。

 

 豊臣秀吉が徳川家康と小牧長久手に戦った翌年の1585年、豊臣秀吉は徳川の切り崩しを進めます。

 

 徳川についていた長野県松本の小笠原氏を兆略し、味方に・・・ 座光寺氏のすぐ北の松岡氏も之に同調・・・

 

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  図に南郭と書いてしまいましたが、東郭の間違いでした・・・スミマセン!

 

 小笠原氏は、高遠攻めを敢行します。松岡氏は援軍を出しますが、小笠原氏が撤退したとの報を受け途中で引き返し、何食わぬ顔で・・・

 

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             城から見おろす伊那盆地です。

 

 座光寺氏は、徳川家康へ、松岡氏の逆心を通報し、松岡氏は没落・・・

 

 座光寺氏は、その地位を確かなものにします。徳川家康の関東移封に従って上州に移りますが、関が原で戦功を上げると、伊那に戻ることを許され、山吹にて千石を賜り、幕末まで存続するのでした。

 

 ホームページ「土の城への衝動」 http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

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