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静岡県花倉城① ~ 今川家分裂!

 みなさん、こんにちは。

 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

 平成21年4月11日に、花倉城に行ってきました。

 

a花倉アク

 花倉城は、静岡県藤枝市花倉にあります。

 藤枝バイパス藪田西インターから県道215号を北西に進み、中田交差点を左折、花倉川を渡ってすぐ右折、道ナリに1,5キロ程進むと、貯水池があります。ここまで看板はありませんのでかなり不安になりますが、貯水池に着いたら、貯水池の脇に左への分岐があります。そこを曲がると、後は急な傾斜の一本道です。

 

IMG_1761.jpg

        城の登り口にはこの看板があります。

 

 言わずと知れた「花倉の乱」の舞台です。

 

 戦国初期の1510年、駿河守護今川氏親は、遠江の斯波氏を下し、駿河・遠江2国の盟主となります。

 

 今川氏親は、有力家臣福島氏の娘を妻としておりましたが、後に京より公家の娘(寿桂尼)を正室に迎え、福島氏の娘を側室へ格下げしてしまいます。

 

 福島氏の娘には男子(玄広恵探)が授かりました。この子は今川家当主の男子でありますから当然、家督を継ぐ立場にあったのですが、側室の子に格下げされた為、仏門に入れられてしまいました。

 

IMG_1777.jpg

       あの山が花倉城のようです。日暮れが近い! 駆け足で登ります。

 

 1526年、今川氏親が没すると寿桂尼の長男氏輝が家督を継ぎます。

 

 しかし、1536年、4月7日、氏輝とその弟が急死。

 

 ここに、家督をメグッテ今川を2分する内乱「花倉の乱」が勃発します。

IMG_1763.jpg

             登り始めるとすぐ、この土橋が迎えてくれます。

 

 寿桂尼は、自分の子、五男の義元を擁立し、福島一族は玄広恵探を擁立、双方一歩も引かず、5月25日、福島一族は花倉城、方ノ上城、久能山城に挙兵します。

 

IMG_1764.jpg

           土橋を過ぎるとこの様な尾根道が続きます。

 

 ダッシュ、ダッシュ!日が暮れる!

 

 福島一族は、義元派の本拠「駿府館」を急襲するも、攻めきれず撤退します。

 

 義元派の軍師太源崇俘雪斎は、幕府より義元の家督を認めるお墨付きを得、甲斐の武田、伊豆の北条を味方につけるなど、多数派工作に成功します。

 

IMG_1768.jpg

             二の丸に到着しました。まだ、日は残っています。

 

        福島一族は孤立し、やがて久能山城方ノ上城が落城。

1.jpg

 イメージ図を作成しました。

 

 急斜面に囲まれた尾根を、順次掘り切る単純な縄張りです。戦国初期の遺構がそのまま残っています。

 

 後半へ続く・・・

 

 ホームページ「土の城への衝動」 http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

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