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渋沢平九郎自決の地 ~ 渋沢栄一養子


 みなさん、こんにちわ。

 武蔵の五頓です。

 2021年3月6日、渋沢平九郎自刃の地へ行って参りました。

 埼玉県越生町黒山にあります。

平九郎IMG_0322

 黒山三滝町営駐車場から徒歩5分ほどです。

 ちなみに駐車場の位置はこの図の手前側です。

 平沢平九郎は、埼玉県深谷市出身です。

 大河ドラマ「青天を衝け」の主人公、渋沢栄一の配偶者の弟です。

 幕臣となった渋沢栄一の見立て養子となり、渋沢姓を名乗りました。

平九郎IMG_0323

 次の表示が見えてきました。

 時は幕末。

 新政府軍が江戸へ進軍すると、これに対抗すべく結成された振武軍へ、渋沢平九郎は参加します。

平九郎IMG_0325

 振武軍は、埼玉県飯能市の 「能仁寺」 に籠り、新政府軍を迎え撃ちますが、あえなく敗れてしまいました。

平九郎IMG_0326

 渋沢平九郎は、どうにか難を逃れ、飯能と越生の境にある顔振峠に至りました。

 峠の茶屋の女主人は、渋沢平九郎を敗走の幕臣であると見抜き、新政府軍の手のまわっていない秩父へ落ちることを勧めました。

平九郎IMG_0328

 渋沢平九郎は、長刀を持っていると遠目で武士であるとわかられてしまうため、長刀を女主人に預け、茶屋を後にしました。

平九郎IMG_0329

 イケメンですね。

 渋沢平九郎は何故か秩父ではなく、越生へ下りこの地にて、新政府軍の斥候と鉢合わせしてしまいました。

 平九郎は、小刀で3名の敵と戦い、2名に傷を負わせました。

 平九郎の気迫に押された斥候は、仲間を呼ぶためにいったん引き上げました。

平九郎IMG_0330

 残された平九郎も、銃弾を浴び、切り傷を負っていました。

平九郎IMG_0327

 もはや、生きて落ち延びることは叶わぬと思ったのでしょう。

 この岩の上で自決して果てたということです。

 平九郎の首は越生今市にさらされたのち、 「法恩寺」 に埋葬されました。

 この地には胴体が残されました。

 黒山の村人は、その勇敢な最期を知り、「脱走の勇士様」と崇め、 「全洞院」 に埋葬したということです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「史跡の部屋」
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