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静岡県葛山城① ~ 二重堀切×2

 みなさん、こんにちは。

 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

 平成21年2月14日に、葛山城に行ってきました。

 

葛山アク

 葛山城は、静岡県裾野市葛山にあります。葛山館、仙年寺のすぐ北です。

 

IMG_1346.jpg

                市道の脇にこんな表札があります。

 

 葛山氏は、鎌倉の頃より、この地を治め、戦国期には駿河今川氏の組下となっていました。

 

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               100メートルほど進むと、こんな光景が・・・

 

         手前の表示の・・・ アーティスティックな曲線が泣かせます・・・

 

   奥には色違いの「大手曲輪」表示が二つ・・・ 無意味な過剰感が旅情をソソリマス・・・

 

IMG_1349.jpg

                その後、暫らくはダラダラ登りが続きます。

 

 戦国初期、北条早雲が伊豆を奪取して自立すると、葛山氏は北条家と婚姻関係を結び、立場の強化を図ったようです。

 

IMG_1350.jpg

        袖曲輪の表示です。ここでも表示の過剰感が演出されています。

 

 さて、在地領主として平和な日々を送っていた葛山氏ですが、今川家の当主が今川義元となり、甲斐武田氏と接近すると、話が変わってきます。

 

IMG_1351.jpg

          これを「袖曲輪」と呼ぶのは、いかがなものでしょうか?

 

    ワズカナ地表の凹みから、妄想を膨らますのが得意な私にも合点がいきません。

 

 1537年、小田原の北条氏綱は、今川の武田との盟約を北条との信義違反とし、この地に攻め入ります。葛山氏は、北条の傘下になります。

 

IMG_1353.jpg

     いよいよ本城域に入ります。二重堀切の奥に塁壁がそびえる! 写真です。

 

 その後、北条氏は氏康が当主となり、関東制覇の道を歩みます。

 追い詰められた関東管領上杉氏は、北条方の武蔵川越城を大軍で包囲し、今川義元に、この地への出兵を要請します。

 

IMG_1354.jpg

                      二重堀の一本目です。

 

 北条氏康は、この地をとるか? 川越城をとるか? 二者択一を迫られます。

 

IMG_1355.jpg

                       二本目の堀です。

 

 北条氏康は、この地を含む東駿河を今川義元へ返却し、川越城へ向かいます。そして関東管領軍を撃破し、関東の覇者としての地位を不動のものとしたのでした。1546年、川越の夜戦です。

 葛山氏は、今川氏の傘下へと戻ります。

 

 

 

IMG_1356.jpg

       腰郭には、平面図が掲示されています。図右上の大手から登ってきました。

 

 

kazuratume.jpg

 平面縄張り図を、やや立体的にして・・・ したつもり・・・ のイメージ図です。

 

 こじんまりとマトマッた縄張りです。

 

 さて、葛山氏は、その後も歴史に翻弄され続けるのでした・・・

 

 後半へ続く・・・・

 

 ホームページ「土の城への衝動」 http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

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