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相模丸山城(1) ~ 糟屋館推定

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成31年1月1日、お城仲間のМさんと相模丸山城に行ってまいりました。

丸山アク2

 神奈川県伊勢原市下糟屋3001にあります。

丸山50

 南北を川に挟まれた微高地、丸山城址公園を中心に、西は東海大学病院、東は千秋山普済寺も城域であったと推察されているそうです。

 巨大要塞ですね。

IMG_2184_201901121136419dd.jpg

 普済寺北方の塁壁状地形。

*室町時代、京都の幕府は、関東に足利公方を置き、東国の抑えとしました。

 そして、足利尊氏の母親の実家上杉氏が、関東管領として、足利公方を補佐する体制をとりました。

IMG_2179_20190112114142e8d.jpg

 普済寺の塁壁状地形。

*上杉家には、山内上杉、扇谷上杉、犬懸上杉、宅間上杉がありましたが、犬懸と宅間は没落しました。

 扇谷上杉家は、相模守護に任じられ、糟屋館を拠点としたとされています。

IMG_2175.jpg

 高部屋神社周辺は二郭的な部分でしょうか?

*実は同市の上糟屋にも、谷に挟まれた微高地があり、そちらが糟屋館ではないかと推察されていました。

 しかし、発掘調査では何も検出されず、また、往時の地名は糟屋でなかったことが判明しました。

 現在は、丸山城が糟屋館であると推定されています。

IMG_2176_2019011211513128c.jpg

 (扇谷)上杉定正寄進の大般若経の経典の伝来があると記されています。

IMG_2174.jpg

 神社南東の段差。

IMG_2171.jpg

 神社北東の塁壁状地形。

IMG_2170_20190112115948723.jpg

 神社北側の塁壁状地形です。

 「相模丸山城第2話・太田道灌活躍」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「神奈川の城」
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