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埼玉県諏訪城① ~ 荒川断崖

 みなさん、こんにちは。

 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

 平成21年6月27日に、諏訪城に行ってきました。

 

諏訪アク

 諏訪城は、埼玉県秩父市大野原にあります。

 

IMG_2659.jpg

 

  荒川と横瀬川の合流地点にあります。2方向を断崖に囲まれた要害の地であることが見て取れます。

 

IMG_2658.jpg

 

 地図上でマーキングするのは簡単なのですが、道がわかりにくく、実際にたどり着くのは大変です。

 

 この道を入ります。

 

IMG_2657.jpg

 

 右側に踏切が見えたら、こちらへ進み、私の場合は踏み切りを過ぎたあたりで車を止めさせていただきました。

 

IMG_2656.jpg

 

 踏み切りから、更に進むと右側にこの場所があり、右折します。軽自動車なら入ることが出来ると思いますが、普通車であれば進入しないほうが無難であると思います。

 

IMG_2636.jpg

 

 集落を抜け、林を抜けて、視界が広がると、諏訪城の土塁が迎えてくれます。

 20年ぶりくらいの、訪問です。

 

 20年程前に、埼玉県歴史資料館が発行した冊子によりますと・・・

 

 築城は南北朝時代・・・

 

 戦国時代には、鉢形城の支城となり、諏訪民部之進、諏訪部七左衛門が居城したと伝えられています・・・とのことです。

 

IMG_2637.jpg

 

 土塁の手前は耕作の為、草が刈られ、堀跡っぽく見える幸運にめぐり合いました。

 

 諏訪城の残存度は低く、10%程度と推察しますが、土塁には折りがつけられ、横矢への意識が感じられることから、戦国期に使用されていたとする説に同感いたします。

 

suwa.jpg

 

   イメージ図を作成しました。90%は、妄想により構築されています。

 

 先に紹介した土塁は、二の郭の左側の土塁です。

 

IMG_2654.jpg

 

 20年前は、今ひとつ諏訪城の防御構造が理解できなかったのですが、その後、経験をつみ・・・

 

 僅かな凹みでも、発掘調査をすれば、3メートル、5メートルの堀が検出される・・・

 

 今は小川でも、往時は深田で、充分な防御性があった・・・

 

 道は、往時の道である場合と・・・ 往時の堀である場合がある・・・

 

 そこで、上の写真の右側は往時堀であった・・・ 左側の若干の高まりは三の郭であったとの妄想にたどり着きました・・・

 

IMG_2649.jpg

 

 20年前には渡らなかった秩父鉄道の「踏み切り?」を渡ると・・・ 妄想を裏付けるような、構築物を発見するのでした・・・

 

 後半へ続く・・・

 

 ホームページ「土の城への衝動」 http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

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