HOME   »  中世城郭  »  小幡城(1) ~ 関東土の城ベスト10

小幡城(1) ~ 関東土の城ベスト10

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成29年2月4日、小幡城に行って参りました。

a小幡アク

 茨城県東茨城郡茨城町小幡(大字)1953にあります。

 関東土の城ベスト10をあげなさいといわれたら、その一つに小幡城をあげるお城マニアの方は多いのではないでしょうか?

 規模、残存度、技巧性・・・ どれをとっても素晴らしい!!

 私も小幡城ファンの一人です。

IMG_3179_2017021514574128a.jpg

 小幡城の北側は低地。

 「図説・茨城の城」によりますと、大掾氏によって築かれたが、戦国期にはいると、江戸氏により奪取され、両氏の勢力の接点として、強化されたのではないかということです。

IMG_3181_20170215145806ab0.jpg

 東側も低地。

IMG_3187_20170215145842a42.jpg

 南側も低地。(右側が小幡城)

 つまり、三方向を低地に囲まれた舌状台地の先端に築かれています。

小幡原図

 攻城兵が七郭に侵入したら、守兵は六郭の北側を、図の奥に向かって撤退し、「い」から、城内への堀底道へ敵兵を引き込む。

 攻城兵が堀底道に入っても、郭への小口はありません。

 攻城兵が堀底道で右往左往しているときに、左右の頭上から岩を投げ落とし、損害を与える防御構想が一つあると思います。

 深入りのリスクを知る指揮官が攻城側にいれば、オーソドックスに「P」か「N」から攻めかかることでしょう。

 「N」から五郭へ入るには、堀を二つ越えなければならない。

 「P」から六郭へ入るには、堀を一つ越えるだけでいい・・・

 ならばとりあえず、「P」から六郭へはいろう・・・となるはずです。

 そこには、エゲツナイ罠が潜んでるのですが・・・


IMG_3348.jpg

 「P」を背に西側を撮影しました。

 発掘調査で、七郭の土塁と堀が出土しましたが、高速道路の敷設で破壊されてしまいました。

IMG_3349_2017021515092992b.jpg

 六郭への土橋です。

 主要部は整備されている小幡城ですが、広大なため、ここまでは手が回らないようです。

IMG_3350.jpg

 土橋の上からの西側の堀。

IMG_3351.jpg

 土橋の上からの東側の堀。

 「小幡城第2話・堀底への誘い」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「茨城の城」
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード