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伊那龍ヶ崎城(3) ~ 小笠原長時敗走

 伊那龍ヶ崎城の第3話です。

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 尾根筋を登っていきます。

*小笠原勢の士気の低下した頃合いを見て、信玄は猛将板垣信方を投入しました。

 6月1日、板垣信方は機を見て龍ヶ崎城を急襲しました。


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 Eの堡塁が見えてきました。

*小笠原勢は、城を追い落とされ、深志平へ撤収していきました。

 6月10日、孤立した藤沢頼親は、人質を差し出し、信玄に降伏しました。


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 「E」と「F」の間には堀が刻まれています。

*3年後の1548年、信濃小県で上田原合戦が行われました。

 武田は、重臣の板垣信方が討ち死にするなど多大の被害を出しました。


龍ヶ崎城東

 先人の図面から起こしています。

*藤沢頼親は武田から寝返り、小笠原長時とともに塩尻峠に布陣し、諏訪の武田領に圧迫を加えました。

 武田信玄は、塩尻峠を急襲すると、小笠原勢を撃破しました。


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 堀切の中央部は削り残され、土橋となっています。

*藤沢頼親は、またしても武田に降伏しました。

 藤沢頼親の領地は大幅に削られたことと思われます。


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 土橋の上から見た、北側の堀。

*伊那には、郡代として秋山信友が配されたとされています。

 秋山信友は、後に織田信長配下の岩村城を落城させ、織田信長を激怒させた人ですね。


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 南側の堀。

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 「F」への通路は登り屈曲、横入小口となっています。

 このあたりに戦国後期の改修を想像させますね。

 「伊那龍ヶ崎城第4話・射撃への計算」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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