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栃木県中久喜城

みなさん、こんにちは。
中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
平成20年3月18日に中久喜城へ行ってきました。
中久喜城は、栃木県小山市中久喜にあり、国の指定史跡となっています。
小山市教育委員会によりますと、南北朝期の小山氏の支城だということです。


 

a中久喜アク  栃木県小山市中久喜にあります。  小山領と、結城領の境目の城であったようです。

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 車一台通るのがやっとの道を進むと、道脇に・・ 唐突な感じでこの石碑が現れます。

 探される方は、新4号バイパスと、JR水戸線の接点の、西側の微高地を目指してください。

 

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 イメージ図を作成しました。

 低湿地にせりだした微高地の先端に築城されています。この地域は山がないため、どうしてもこういった地形を利用せざるを得なかったのでしょう。
 堀と土塁が一部残存していますが、大半は耕されてしまったようです。

 石碑は真ん中の土塁の先端にあります。

 真ん中の土塁の西側には堀が残存しています。


 

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 真ん中の土塁に登り、東側を写しました。ビニールハウスのおじさん。車を停めさせてくれて有難う御座いました。

 

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        土塁に囲まれた、本郭とおぼしき場所は、畑となっています。

 

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       城跡を寸断しているJR水戸線です。横断したかって? モチロン!

 

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     本郭とおぼしき場所の南(図右)の端には、小口とおぼしき箇所がありました。

 この場所は不法投棄のメッカだったのですが、地元の皆様のご努力で、綺麗になってきたのだそうです。

 

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     城の西側を写しました。手前の畑は、南北朝期は、沼地であったと思われます。

 

 中久喜城のすぐ東は、結城領であり、境目の城としての役割もあったのでしょう。

 残存度の低い城を訪れる楽しみは、「攻め手はこちらから攻撃を開始するはずだ。するとここに堀があったはずだ」「ここには小口が!」などと、妄想が膨らむ点です。

 濁り無きマナコで畑を眺め続けると、そこには鎧を着た武者たちまでもが行き交い始めます。

 
ホームページ「土の城への衝動」   http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

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