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長窪城(3) ~ 村上攻めの兵站基地

 長窪城の最終話です。

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 本郭に入りました。

 籠れて3~40人程度でしょうか?

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 東屋の隣に、かわいい城址碑が・・・

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 本郭から北側の風景を撮影しました。

 山に突き当たって、右へ曲がると、丸子、上田、坂城方面ですね。

*長窪城は、武田氏のものとなってからは、

 坂城の村上氏を攻めるための兵站基地として活用されました。

 上田原合戦や、砥石城攻めの際に、数千の武田兵が長窪に宿営し、北へ移動していきました。

 長窪城の山上は狭く、数千の兵が宿泊することはできません。

根小屋考察

 そこで、数千の兵は何処に宿営したのだろう?と思い、推察図を用意してみました。

 北小屋の地名から、西の依田川までの間、北と南は沢を天然の堀として活用したのではないでしょうか?

 それが「根小屋1」。

 山城南側の沢は、南北から尾根が突き出て狭隘になっている部分がありますので、そこに柵や門を設けると、東側上流の盆地っぽくなっている場所に安全に宿営できるはずです。

 それが、「根小屋2」。

 以上、素人のたわごとでした。

a長窪城

 さて、昔々、私は南側の大手から登りました。

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 大手への表示がありますが・・・

IMG_2235.jpg

 しかし、ロープが張られており、立ち入り禁止でした。

IMG_2237.jpg

 南側の堀切がかなり深い・・・と推察できそうな写真。

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 西からの遠景。

IMG_2298.jpg

 南からの遠景でお別れです。

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Comment
Re: お勧めの本
丸馬出様 ご来訪ありがとうございます。

 第4次川中島合戦に関する、甲陽軍鑑の記述は創作であるという点は、激しく同意します。
 森田善明著「戦国10大合戦の大ウソ」では、上杉謙信が室町将軍より関東管領就任を認め
られた後、信玄配下の北信土豪たちが、こぞって検診へ太刀を寄贈した記録が残っていること
に着眼し、北信の土豪たちは室町幕府の権威に影響され、第4次川中島合戦に、当初、参戦し
なかったのではないかとの仮説を記しています。
 武田の勢力が拡大して以降、戦死者は先方衆(武田に下った土豪たち)ばかりなのに、第四
次川中島合戦では、武田親族衆が多く戦死しています。それは、先方衆が参戦しなかったから
であらということです。
 その経緯を知らない、江戸時代の人が、「この戦に限って親族衆が多く戦死したのは、何か
特別な事情があたに違ない」と、その理由を考え、妄想を働かせた結果、今の通説が生じたの
ではと、推察されています。慶賀であると思います。
 丸馬出様の推論も面白いですね。私は「謙信・西条山布陣説」に賛成です。妻女山はありえ
ないと思います。

お勧めの本
戦国の陣形 講談社新書
ご存知かと思いますが、とても面白い本でした。
内容がとても面白かったので、
4次川中島合戦について記事をブログに書きました。
よろしければ読んでいただければ幸いです。
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