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望月天神城(1) ~ 初期望月氏本拠

 みなさん、こんにちわ。
 中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。

 平成28年11月5日、お城仲間のМさんと、天神城に行って参りました。

 天神城の名は各地で使われているので、混乱を避けるため「望月天神城」として紹介させていただきます。

a望月天神城アク

 長野県佐久市共和にあります。

 ずいぶん昔に訪れた際は、東側の集落から登ったのですが、今回は台地の南からアクセスしました。

 畑の中の細道ですが、「P」と記した場所までは舗装されています。

IMG_1963_20161110105950acc.jpg

車を置いて、畑の中の道を北へ進むと・・・

*天神城は、望月旧城とも呼ばれ、創始は望月氏であるとされています。

 望月氏は南北朝時代、南朝側にありました。

 北朝の小笠原氏に本拠を攻められ落城の憂き目にあったいます。

 その時の本拠が、この天神城ではないかと推察されています。

IMG_1964_2016111011021804a.jpg

 段差があり・・・「堀跡」です。

*望月氏はその後復活し、望月城を築いたと考えられています。

IMG_1965_20161110110302180.jpg

 こちらが「六郭」との段差です。

 堀は埋められて浅くなってしまっていますが、プレハブがすっぽり入る幅の広さです。

a望月天神城

 藪でわからない部分が多かったので、100%、先人の図面から起こしました。

 台地の先端を順次堀切った「単純連郭」です。

 西へ進み、台地のへりと、堀の接点に行くと・・・

IMG_1968_2016111011192780d.jpg

 堀の壁面を補強した石積みがありました。

 西面を一段低くし、通路を設定し、堀に土橋を設け、敵へ一段高い場所から攻撃を仕掛ける防御構想であったと推察いたします。

 この先は大藪で進めませんでしたので、台地の東側へ戻りました。

IMG_1972_20161110112320f12.jpg

 六郭と五郭を隔てる堀です。

IMG_1973_20161110112412e0a.jpg

 今度は反対側から・・・

 奥が大藪です。

IMG_1975_201611101124481d9.jpg
 
 藪を避けて、五郭を進んでいきます。

 「望月天神城第2話・広大な連郭」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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