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元箱根石仏群(2) ~ 金太郎つながり?

 元箱根石仏群の第2話です。

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 お堂の中には、立派なお地蔵様が鎮座しています。

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 六道寺地蔵です。

 高さ3.2メートルで、岩面を削って造る摩崖仏の中では、関東一の大きさであるということです。

 国の重要文化財に指定されています。

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 街道から見上げてみました。

 街道を進む人々を上から見守ってくださってる・・・感が・・・ いいですね。

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 遊歩道(街道)に戻りました。

 俗称「八百比丘尼の墓」です。

八百比丘尼

 八百比丘尼は、人魚の肉を食べてしまったがために、歳をとりにくい体となりました。

 周りの人々が老いて次々と死んでいくのに、ホトンド老いない比丘尼を人々がいぶかしがるため、ひとつの土地に長居することができず、諸国を流浪し、800歳まで生きたという伝説が残されています。

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 応長地蔵です。

 これも重要文化財ですね。

応長

 応長元年(1311年)の文字が刻まれています。

 戦前まで、新盆の時にこの地蔵の前で送り火を焚く風習があったことから、「火焚地蔵」とも呼ばれたそうです。

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 遊歩道を更に東へ・・・

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 俗称「多田満仲の墓」です。

 石造宝篋印塔で、国の重要文化財に指定されています。

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 多田満仲は平安時代の武将で、清和源氏の流れを汲み、源満仲ともいいます。

 西国に拠点を置き、この地を訪れたことはないようです。

 では何故?

 江戸時代には、多田満仲の墓と呼ばれていたそうです。

 当時の村人の会話(想像)

 「村はずれの街道に立派な石塔があるべ。ありゃ何だ?」

 「わかんねぇーけど、偉い人のお墓でねえべか?」

 「このあたりで、偉い人といえば、足柄山の金太郎、坂田金時だ!」

 「んだ。坂田金時は、ここに来た源頼光の家来にしてもらっったんだ」

 「源頼光のお父さんはよ、多田源氏の祖で多田満仲っていって、とても偉い人だったんだってよ~」

 「なら、この石塔は、多田満仲の墓に違いねぇ~」

 「んだ、んだ、多田満仲の墓だぁ~」


 ・・・というような、感じではなかったかと。

 「元箱根石仏群第3話・何故に曽我兄弟?」へ続く・・・

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