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小机城(1) ~ まず手習いの初めにて

 みなさん、こんにちわ。

 中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。

 平成28年10月8日、お城仲間のМさんのご案内で、小机城に行って参りました。

a小机アク

 神奈川県横浜市港北区小机町803-15、JR横浜線・小机駅の北西にあります。

 小机城は、太田道灌が小机城を攻めた際、和歌を詠んだことで有名です。

 「小机はまず手習いの初めにて、いろはにほへとちりじりになる」


 道灌配下の軍勢は、この和歌を聞いて、士気が大いに上がったということです。

DSCF4340.jpg

 上の地図の通りに進むと「ねこやひろば」に着きます。

DSCF4341.jpg

 広場というより、現状は竹林ですが、削平されているのがわかります。

 城兵が、寝泊りする小屋があった・・・ 寝小屋・・・ 根古屋・・・となったと推察いたします。

DSCF4344.jpg

 遊歩道に沿って、登っていくМさん。

*太田道灌が何故、小机城を攻めることとなったかの経緯は ⇒ 「鉢形城①」 の赤字の部分をご覧ください。

 反乱軍「長尾景春&豊島氏&その他大勢」で小机城には、豊島氏が籠りました。

 鎮圧軍「山内上杉氏&扇谷上杉氏」で、扇谷上杉氏の家裁が太田道灌で、鎮圧軍の主力となりました。

小机城

 この日は雨が降っていたため、スケッチはしませんでした。

 小机城は、第三京浜道路の敷設と、公園化により破壊を受けています。

 先人の図面をベースにし、また、古図面を参考とし、破壊される前を想像して作画しました。

 大手の台地続きが、第三京浜で寸断されています。

DSCF4393.jpg

 小机城は、北、東、南を低地に囲まれ、唯一西側だけが台地続きです。

 城を大軍で攻めるならば、攻める側は西に布陣し、堀を超えて「A」に至るはずです。

DSCF4394.jpg

 そして、「B」から「C」、つまり、三郭へ向かうこととなります。

DSCF4345.jpg

 「B」から、三郭への通路は土橋となっています。

 その両側は、深い堀が穿たれ、攻城兵の侵攻を阻んでいます。

DSCF4395.jpg

 土橋の上から、堀を見下ろしました。

 400年の間に、堀は埋まり浅くなってしまっています。

 往時の堀底は、きっと2メートル下にあることでしょう。

 「小机城第2話・土橋への横矢」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「神奈川の城」
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Comment
Re: タイトルなし
りゅう様 ご来訪ありがとうございます。

 小机城の訪問時は、雨で足元がぐちゃぐちゃだし、もやてって見えにくいし、やぶ蚊に包囲され顔面ぼこぼこだし、良い印象がなかったのですが、落ち着いてレトートにまとめてみると、縄張りの技巧性が半端ないですね。奥深いです。
 本郭の小口が破壊されてしまっているのが残念ですが・・・
 りゅう様もやぶ蚊のいない季節に是非訪問してみてください。


> こんばんは。いつも楽しく拝見してます。
> 何年か、ほど近い片倉町に住んでおり、いつでも行けると思って行けず仕舞いでした…練馬にいる時も幾度か近くまで行って駐車場を探すも見つからず、レポート楽しみです。
こんばんは。いつも楽しく拝見してます。
何年か、ほど近い片倉町に住んでおり、いつでも行けると思って行けず仕舞いでした…練馬にいる時も幾度か近くまで行って駐車場を探すも見つからず、レポート楽しみです。
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