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山上城

 

 みなさん、こんにちわ。

 中世城郭愛好家土の城派「武蔵の菅原」です。

 平成20年2月23日(土)野口さんのご案内で、群馬県の山上城に行ってまいりました。お城仲間のKさん、Mさんも一緒です。

 


 山上城は、群馬県桐生市新里町山上、上毛電鉄膳駅北東約1,2キロにあります。城址公園として整備(破壊?)され、駐車場には、巨大な看板が設置されています。

 山上城は、軍記ものによくその名が記される古豪「山上氏」の城です。

 


 イメージ図を作成しました。

 3度めの訪問で改めて思うのは、だだっぴろい、比高が無い、堀が狭い、堀が浅い。山上氏の動員能力は最大500人程度だと思われますが、この城全体に兵を配置しようと思うと、2000人以上必要です。かといって、「兵が500人しかいないから、本丸と二の丸にのみ篭って持ちこたえよう」と思ってもそれが出来ない構造になっています。

 

 戦国末期武田勝頼がこの地を席巻します。山上城南東約数百メートルの膳城を武田勝頼が攻め取る以前に、山上城は、武田勝頼の手に落ちていたとの記録があります。山上城は放棄されていたのではないかと思われます。

 

 武田勝頼は、膳城を廃城とし山上城の弱点を補うべく、丸馬出を増設します。

 丸馬出とは、城からの出撃と、出撃兵の撤収を容易にし、防御力を強化する半円形の堡塁のことで、武田氏が良くこれを用いました。

 武田勝頼が信長の軍勢に追われ、天目山にて自刃する2年前のことです。

 


 だだっ広い、芝生広場。三の丸と思われます。

 


 発掘調査にて、武田流丸馬出が検出された場所です。遺構保存の為(地主さんが畑として使いたい為??????)埋め戻されています。

 丸馬出を見たかったー!

 


 城の西側の長く長く、ひたすら一直線の土塁です。戦国期の城に良く見られる、折れやひずみがついていないのが特徴です。

 


 本丸にはささやかな石碑がありました。

 

 

ホームページ「土の城への衝動」   http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

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