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大胡城 ~ 壮大な本丸塁壁

 みなさんこんにちわ。

 中世城郭愛好家土の城派「武蔵の五遁」です。

 平成20年2月23日(土)野口さんのご案内で10数年ぶりに大胡城に行ってまいりました。

 大胡城は、群馬県前橋市大胡町、上毛電鉄大胡駅北約1キロにあります。

 地図を見ると大胡町を中心として放射状に街道が四方八方へ伸びています。大胡町が古くから赤城南麓の中心地であったことが伺えます。

 

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 大胡城は、土豪大胡氏の城でしたが、徳川家康の関東入府に伴い、牧野氏が城主となったそうです。

 現在の大胡城は、牧野氏によって築かれたようです。

 ご案内頂いた野口さんによると、大胡氏時代の大胡城は、城域の北端に位置する大胡神社ににあったのではないかということです。

 

image4979087.jpg

 

 総構えは、大胡の町並みを含む壮大なものであったとのことです。

 総構えまでは描ききれないので、主要部のみのイメージ図を作成しました。

 主要部は、それなりに残っていますし。本丸の塁壁の迫力が素晴らしく、お勧めの城です。

 イメージ図にある数字は写真とその撮影方向を示しました。

 

image5403511.jpg

 ①の写真です。北側から本郭を見上げています。

 同行者の小ささから、塁壁の壮大さを感じ取っていただければ幸いです。

 

image671641.jpg

 ②の写真です。二の丸からの撮影です。左側の高まりが本丸です。

 

image1716629.jpg

 ③の写真です。矢印の方向が間違っています。申し訳ありません。

 石垣枡形を④の場所から③の方向に見た写真です。

 

image7695616.jpg

 ④の写真です。石垣枡形に囲われた空間から本郭の小口を写しています。

 往時は、ここに木橋があったことでしょう。

 現在は堀底から階段で本丸へ進入します。

 

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 5 土塁に囲まれた本丸です。

 10数年前は、東半分と西半分を区切る土塁があったと思うのですが、ならされてしまったようです。

 

image1382457.jpg

 大胡氏時代の大胡城とされる大胡神社の入り口です。

 南と東を断崖に頼り、西に堀を配し、北には横矢がかりの小口が現存していました。

 

image4366730.jpg

 本丸から大胡神社方面を見た写真です。赤城山も見えます。

 今回、10数年ぶりに赤城南麓を旅して気がついたのは、赤城山に積もった雪が伏流水となって湧き出す小さな川や湿地が非常に多いことです。

 日当たりが良く、水も豊富なこの地は、古くから農業が発達し、経済的にも繁栄していたことでしょう。

 

 

  ホームページ「土の城への衝動」   http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

 

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Comment
Re: 行きました
リュウ様 御来訪ありがとうございます。

 この城は江戸時代の普請がホトンドのようです。
 戦国期は北方の神社付近の崖端城だったそうです。
行きました
私も数年前に行きました!箕輪城を見に行った帰りに偶然見つけたので立ち寄ったのですが、確かに空堀と土塁の高さに圧倒されてしまいました。
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