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足切観世音と二宮神社 ~ 宋良親王由緒

 みなさん、こんにちわ。
 中世城郭愛好家土の城派、武蔵の五遁です。

 平成28年7月2日、お城仲間のМさんと、足切観世音&二宮神社に行ってきました。

井伊氏館

 静岡県浜松市北区引佐町井伊谷にあります。

 引佐多目的研修センターの駐車場が、観光用駐車場を兼ねています。

IMG_0576.jpg

 「井殿の塚」から、北へ伸びるこの細道が近道です。

 遠回りですが、旧信州街道を利用すると・・・

IMG_0563.jpg

 二宮神社の石柱と・・・・

IMG_0564.jpg

 参道を撮影することができます。

 写真奥の山が、井伊氏の本城「井伊谷城」です。

IMG_0566.jpg

 参道が山に突き当たる地点に、右折する小道がありますので、進みましょう。

 足切観世音に到着します。

 南北朝時代、井伊氏は南朝派でした。

 後醍醐天皇は、東海の南朝派を力づけるために、息子の宋良親王を井伊領へ派遣しました。

 北朝との戦いのさなか、宋良親王は敵の流れ矢を受けて落馬しました。

 ところが、不思議なことに、傷はありませんでした。

 その後、宋良親王が観世音を参拝したところ、観世音像の足が血に染まっていました。

 宋良親王は、「観世音様が身代わりになって下さった。」と信仰を深めたということです。

IMG_0565.jpg

 お堂です。

 その宋良親王を祀ったとされる、二宮神社が、すぐ近くにあります。

 行ってみましょう! 

IMG_0567.jpg

 山の登り口にも鳥居があります。

 IMG_0575.jpg

 更に進むと、大きな石があります。

IMG_0574.jpg

 「足跡石」というそうです。

 表面に無数の窪みがあり、

 古来、鬼の子供の足跡だと伝えられてきた。

 子供の足を岩に触れさせ、鬼の子のように強くなれるよう祈願しているということです。

IMG_0571.jpg

 見事な石段ですね。

IMG_0572.jpg

 登り切りました。

 お堂です。

IMG_0573.jpg

 元は多道間守を祀っていました。

 1385年、宋良親王が井伊城にて、亡くなられ、当社に合祀しました。

 二人の御霊を合祀したので、二宮神社となったと記されています。

*無粋ではありますが・・・

 宋良親王は、井伊谷城落城時、信濃へ逃れ、各地を転戦した後、吉野に戻っています。

 お亡くなりになられた場所は、諸説あるようです。

 ごめんなさい! 歴史ロマンを・・・

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