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七輿山古墳 ~ 羊太夫伝説

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成28年6月27日、七輿山古墳に行って参りました。

七輿古墳

 群馬県藤岡市上落合にあります。

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 ドライブイン七輿のわきにある、この表示に沿って進みましょう。

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 車を停めることができるスペースがあります。

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 六世紀前半に造られた前方後円墳で、国指定史跡となっています。

 この周辺は、古墳密集地帯となっていますが、ひときわ大きい古墳で残存状態も良いので、指定されたのでしょう。

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 円の部分に登り、方のほうを撮影しました。

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 方の部分を見上げました。

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 方の部分の西斜面に何かあります。

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 石積みで門のようになってます。

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 更に下った場所にも石積があります。

*さて、古墳マニアではない私がなぜ、ここを訪問したかというと・・・

 羊太夫に関する伝説が残されているからです。


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 古墳の南側部分。

*伝説によりますと・・・

 羊太夫は、秩父で銅の採掘に成功し、多胡郡を与えられました。

 しかし、京都より反逆の疑いをかけられ、兵を差し向けられてしまいます。


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 古墳の北側部分。

*羊太夫の妻子は、輿に乗って逃れようとしましたが、追手が迫ってきたため、古墳の近くで自害して果てました。

 輿は七つあったので、古墳を七輿山と呼ぶようになった・・・

 また妻子が落ち延びてきた場所であることから「落合」の地名がつけられたということです。

 あくまでも伝説・・・ 歴史ロマンですが・・・


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 更に北には水堀が一部残存しています。

 往時は二重濠であったと推察されているそうです。

 羊太夫に興味をお持ちの方は ⇒ 多胡碑

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「史跡の部屋」


<羊太夫伝説関連記事>
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