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室賀城(2) ~ 交通の要衝

 室賀城の第2話です。

 室賀城は、村上氏の分流室賀氏の城です。

 室賀氏の所領は狭隘な谷合ででしたが、交通の要衝「室賀峠」を押さえている点で、影響力の高い地衆であったと推定されます。

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 現在は、国道18号の北国街道が主要街道ですが・・・

 戦国時代は、千曲川が増水すると北国街道は通行できなくなりました。

 そこで、室賀峠が主要街道でした。

 武田信玄も室賀峠を越えて、川中島へ進みました。

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 西郭から西側を撮影しました。

 「A」から西郭へ簡単に侵入できそうですが・・・

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 間には、堀跡とおぼしき窪みがあります。

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 「A」と北曲輪の間にも、窪みがあります。

s原畑城
 東郭が警護の者たちの空間で、西郭が来客をもてなしたり政務を執り行う「ハレ」の場で、北曲輪が、領主と一族のプライベート空間であったのではないかなどと、妄想を膨らませながら歩いていると楽しいですね。

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 西郭から、北曲輪を撮影しました。

 手前に堀跡とおぼしき窪みがあります。

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 北曲輪の奥には、削平地が段々に続いています。

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 塁壁かもしれない段差のアップです。

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 5に登りました。

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 更に段差は続いています。

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 更にさらに続いています。

 要害部に一番近い削平空間なので、敵が攻めてきたときに一番早く要害部へ登ることが出来ます。

 なので、城主のいた空間ではないかと推察いたします。

 「室賀城第3話・要害部笹洞城」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」

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