HOME   »  中世城郭  »  出浦城(4) ~ 対上杉最前線

出浦城(4) ~ 対上杉最前線

 出浦城の第4話です。

 森長可撤退後、信濃進出を目指す北条氏からの勧誘を受け、出浦昌相は北条傘下となりました。

 出浦城北方約4キロにある、 「荒戸城」 の屋代秀正は上杉氏の傘下となったため、出浦城は対上杉の最前線となりました。

 その後、出浦昌相は、真田傘下に入ったものと推察されます。

 その後、徳川と北条は、甲斐、信濃の領有をめぐって対立します。

 真田昌幸は、北条傘下から徳川傘下へと寝がえり、北条の補給路を遮断したため、北条は和睦を申し出ました。

 上杉景勝は、不倶戴天の敵北条と和睦した徳川に警戒感を強め、徳川傘下真田昌幸との国境にある、「虚空蔵山城」に軍勢を終結させました。

IMG_9109_201604021159487db.jpg
 出浦城から見た 「虚空蔵山城」 です。

 真田昌幸の領国は、虚空蔵山城の向こう側です。

 上杉領に孤立するような形となった出浦城を維持するのは大変だったことでしょう。

 このとき、出浦城に追加の普請がされた可能性があります。

*遺構紹介に戻ります。

IMG_9143_201604031010329e4.jpg
 「竪堀あ」は、とても長く、イメージ図に収め切れませんでした。

 攻城兵の迂回を防ぎ分断する意図と、攻城兵が竪堀の堀底を登ってきてくれたら、撃退しやすいな~という期待があると推察いたします。

出浦城
 「竪堀あ」の左側を登っていくと、「E」 「D」からの攻撃を受けます。

 「竪堀あ」の右側を登っていくと、三方向からの攻撃を受ける場所に至り、その先には横堀が待ち受けています。

IMG_9144_20160403102950d24.jpg
 「E」の削平地です。

IMG_9146_201604031033464f0.jpg
 「D」に立ち、東方向を撮影しました。

 イメージ図では上手く描写出来ませんでしたが「D」から、「B」にかけては、なだらかな斜面となっています。

 「とりあえず、防御力だけ強化し、居住性は後回し」といった、緊急性を感じます。

IMG_9147_20160403103815778.jpg
 「D」から見た、「横堀え」です。

 攻城兵が「横堀え」に落ちると、三方向から攻撃されることが見て取れます。

IMG_9149_201604031042186ca.jpg
 「C」の削平地です。

IMG_9150_20160403104555a06.jpg
 「横堀え」が、「竪堀い」とつながっている部分を撮影しました。

 藪で分かりにくくて申し訳ありません。

 「出浦城第5話・真田家家老」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード