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衣笠城(3) ~ 頼朝挙兵へ呼応

 衣笠城の第3話です。

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 大善寺わきの道を上っていきます。

 整備された道なので安心です。

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 本郭に登りつきました。

 広いですね。

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 「E」と「D」との間には段差があります。

 段差は、写真右側で高く、左側で低くなっています。

 攻城兵が「E」へ侵入した際、一段上の「D」から攻撃を仕掛け、戦況が不利になれば、「D」から本郭方向へ撤退しやすくしようとしたのではないでしょうか?

衣笠城

 三浦氏の動員兵力を考えれば、もっとコンパクトにまとめたほうが実戦向きですが、平安時代はあまりそこまでは考えなかったのかもしれません。

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 「D」から、本郭方向を撮影しました。

*1180年、源頼朝が平家討伐のために挙兵しました。

 三浦家が、頼朝のお父さんに側室を出していた関係もあり、三浦義明は頼朝の挙兵に呼応し、支援することを決断しました。


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 本郭に降り立ち、「C」方向を撮影しました。

*三浦一族は、源頼朝へ加勢しようと、合流を試みました。

 しかし、合流前に源頼朝が石橋山合戦で敗北し、房総へ逃れたとの一報が入りました。


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 三浦大介義明公八百年記念碑です。

*三浦義明は、一族を城から落とし、房総の源頼朝のもとへ向かわせると、衣笠城で平家の追討軍を迎え撃ちました。

 当時としては驚異的な高齢で、89歳であったとされます。

 老兵が大軍相手に勝てるわけはなく、三浦義明は討ち死にしたちうことです。


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 記念碑を背に、本郭を振り返りました。

 「E」の部分が、枡形的な窪みになっているのが見てとれます。

 「衣笠城第4話・大封と没落」へ続く・・・

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