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箕輪城

 12月22日には、関西の城好き青年が関東遠征を敢行するとの情報が入ったので、私が案内役をかってでました。

 太田金山城、箕輪城、鉢形城をめぐりました。同行頂いた三浦さん。箕輪城の解説をしてくださった横尾さん、有難う御座いました。

 


 今回は、箕輪城の写真をのせます。箕輪城は関東管領上杉氏の重臣、長野氏の居城として知られます。その後、武田、北条と主を変え、徳川家康の関東入府の際は、井伊氏が入城しました。

 北条、武田に追い詰められた長野業政は病死する直前に、子の業盛へ「決して敵に降伏してはいけない。降伏するするぐらいなら城を枕に討ち死にをせよ」と言い残したとの言い伝えがあります。業盛は、遺命に従い、2万とも言われる武田軍を相手に数百の軍勢で箕輪城に篭り、落城にあたり、自決をしたとのことです。

 


 本丸の石碑です。箕輪城は深さ10メートルもある深い堀が特徴なのですが、曇天で写真を撮ると見栄えしないので、石碑の写真を載せます。

 


 井伊氏時代のものと思われる石垣も残っています。

 箕輪城の堀は現状で深さが10メートルありますが、非破壊検査の結果、往時の堀底は更に10メートル下にあることが判明しました。昨年の発掘調査公開時に市の職員へ「10メートル掘り起こさないのですか?」と訊ねたところ「転落事故があった場合責任がもてません」との回答がありました。

 途中渋滞に巻き込まれ鉢形城の本丸に立ったときには、すっかり暗くなっていました。

 関西の青年は関東の城をどう感じたのかな?

 

ホームページ「土の城への衝動」http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

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