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岩井山城(5) ~ 両崖山の支城へ

 岩井山城の最終話です。

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 腰まである笹薮をかき分けて、西方向へ進みました。

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 西端へ着いたようです。

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 見下ろすとなにかありそうです。

 行ってみましょう!

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 帯郭に土塁が付属しています。

岩井山城

 西方向には、渡良瀬川が流れていますが・・・

 「H」は、敵が川を渡って攻め上ることに備えての土塁でしょうか?

*北条氏と、佐竹・宇都宮連合は、現在の栃木市(沼尻)で対陣しました。

 小競り合いが続くも、戦線は膠着し、110日間に及んだとされます。

 両者は和睦し、兵を引きました。

 ところが、時を置かずして、北条氏が太田由良氏と足利長尾氏への攻撃を再開。

 何と、佐竹・宇都宮連合は援軍を出しませんでした。

 太田由良氏と、足利長尾氏は降伏へ追いやられました。

 館林城は北条に取り上げられ、長尾足利氏は両崖山城へ逼塞し、岩井山城(このころは勧農城と呼ばれなくなっています。)は、両崖山城の支城となりました。

 1590年、豊臣秀吉が北条氏を滅ぼしました。北条氏の傘下であった足利長尾氏も没落し、岩井山城は廃城となりました。


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 「H」の直下には、渡良瀬川が見えますね。

 本郭へ戻り、北へ行くと・・・

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 上段です。

 本郭より、1メートル強高くなっています。

IMG_8838_20160229154727ebe.jpg

 上段の東側には、この高まりがあり、櫓台ではないかと想像しました。

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 北からの、岩井山城の遠景でお別れです。

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