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新井城(3) ~ もとのつちくれ

 新井城の最終話です。

IMG_8454.jpg

 マリンパークの駐車場に戻って参りました。

 ここは三郭です。

 北側を撮影しています。

 この奥に三浦道寸のお墓があるということです。

*籠城は3年に迫り、城内の兵糧は乏しくなってきました。

IMG_8457.jpg

 三郭の塁壁を見ながら坂を下っていきます。

*道寸は、実家の扇谷上杉家へ援軍を要請しました。
 しかし、援軍は北条軍に撃退されてしまいました。

 道寸の家臣たちは

 「房総の縁者を頼り、落ち延びて、後日、再起を図りましょう」と進言しました。


IMG_8458.jpg

 2分ほど下ると、突端へ向けて登りに転じます。

*道寸は、

 「義父は、主君である足利持氏公を死に至らしめるという不義を犯し、更に、養子である私を殺そうと不義を重ねたため、その報いで滅んだのだ。

 私は義父とその一族を滅ぼすという不義を犯したため、その報いを受け、今、滅ぶのだ。

 北条が私を滅ぼすのではない。

 不義の報いとして、天が私を滅ぼすのだ。

 どこに逃れようとも、天が私を見逃すはずはない。

 明日は討ち死にいたす。」


IMG_8459.jpg

 登った先に墓所がありました。

*翌朝、三浦軍は門を開き、城を出て、北条軍へ襲い掛かりました。

 北条軍の中から、神谷雅楽頭が名乗って道寸と組み合いました。


IMG_8456.jpg

 解説版です。

*道寸は、「お前はけなげな心の持ち主だ。わが手にかかり黄泉の国で閻魔帳に記してもらえ」と言うと・・・

 神谷雅楽頭の首をねじ切ってしまいました。


新井城

 道寸の墓所は「F」の場所です。

*北条兵を大きく後退させると、

 道寸は、「今は、これまで」と、腹を十文字に掻き切り、冥途へ旅立ったということです。


IMG_8463.jpg

 「G」の浜からは、葉山方面を遠望できます。

 駐車場へ戻ることとします。

*道寸辞世の句

 討つものも、討たれるものも土器(かわらけ)よ
 くだけて後は、もとの土くれ


( 討った、討たれたに何の意味があろう?

  死んでしまえば、勝者も敗者もなく、皆、土にかえるのだ。 )

  名句ですね。

IMG_8466.jpg

 駐車場の南橋の、木で囲まれている場所に・・・

 道寸の息子、義意の墓です。(図E)

*義意は、「北条の兵を一人でも多く殺し、天下へ名を留めて死のう」と、一人城内にとどまりました。

 当時の日本人の身長が140センチほどであったのに、義意は2メートル20センチを上回る身長で筋骨隆々でした。

 北条兵は、義意へ攻めかかりましたが・・・

 義意は3メートルを超す棍棒を振り回し応戦しました。

 次々と敵を殴り殺す姿は、まるで悪鬼羅刹のようでした。

 北条兵の損害は、あっという間に、数え切れぬ程となりました。


IMG_8465_20160228123151f48.jpg

 義意の墓所に隣接して、城址碑があります。

*義意の威勢を恐れ、北条兵は誰一人、義意へ近寄らなくなってしまいました。

  義意は、仕方なく、自ら首を切り落とし、壮絶な最期を遂げたということです。


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 新井城からの油壷湾。

*新井城落城の際、戦死者の血が湾へ大量に流れ込み、まるで油を流したような水面となったことから、油壷と呼ばれるようになったということです。

 1516年のことであるとされています。


IMG_8469.jpg

 油壷湾越しの新井城でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「神奈川の城」
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Comment
苗木城デスね!
りゅう様 ご来訪ありがとうございます。

 苗木城がよかったですか?

 今年も愛知方面に1回は行きたいと思っておりますので、ターゲットに
させていただきますね。

 べビメタは北米ツアーが終わりひと段落ですね。
 海外ツアーはファンカム映像がアップされるので嬉しく拝見しています。
 コール&レスポンスを少しづつ進化させたり、大物との絡みで論争をま
き起こしたり、目が離せません。
 6月からは、欧州! 世界征服目指して頑張って欲しいものDeath!

ありがとうございます
宇都宮氏もですかね…
そういえば、先日岩村や下呂温泉に近い苗木城に行って参りました。
巨大な岩の上に天守があったらしく、現在は骨組みだけが再現されてました。
それだけでも迫力ありましたよ。正に武田の運命に左右された国境の一族でありました。あと、仕事場のすぐ横にあった大垣城に桶狭間の鳴海城、清洲城と楽しんで参りました。苗木城はオススメDeath!
Re: おはようございます
 りゅう様 ご来訪ありがとうございます。

 移動が多くて大変ですね。

 新井城は遺構観察が難しいということで、長年パスしていましたが・・・

 地形の要害性の高さ、房総半島を見ることが出来るロケーション、落城の伝説等・・・

 総合力で、行ってよかったなと思っております。

 鎌倉期の三浦氏と、室町期の三浦氏は分流がつながっているとの説がありますが、信憑性に疑問を投げかける研究家もいて、浅学の私にはなんとも・・・

 結城家。

 関東の名家で、江戸時代10万石以上だったのは、関東管領山内上杉の流れを汲む上杉謙信の系譜。

 佐竹家あたりでしょうか?

 結城家は関東外から徳川の養子が入り・・・

 上杉家は越後から養子が入り・・・

 純粋な関東は、佐竹オンリーですね。

 さて

 私も、勝頼に新府城で華やかに散って欲しかったと思っていましたが・・

 おっしゃる通り、それでは、真田家が消滅してしまいますね・・・

 本当に・・・ 難しい・・・ ですね・・・・

> 今日も早朝新幹線です。いつか行ってみたいところでした。やはり見れる所が限られてしまうのですね。三浦家にこんな歴史があったなんて、知りませんでした!
> その北条も滅びますし、大好きな関東三国志で生き残ったのが上杉だけなのが残念です。勝頼にも新府を枕に華々しく討死できる兵がいれば… あ、でもそしたら真田の運命も変わるからダメですね。難しい…
おはようございます
今日も早朝新幹線です。いつか行ってみたいところでした。やはり見れる所が限られてしまうのですね。三浦家にこんな歴史があったなんて、知りませんでした!
その北条も滅びますし、大好きな関東三国志で生き残ったのが上杉だけなのが残念です。勝頼にも新府を枕に華々しく討死できる兵がいれば… あ、でもそしたら真田の運命も変わるからダメですね。難しい…
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