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塩買坂陣場(2) ~ 高天神の渇望

 塩買坂陣場の最終話です。

IMG_8299.jpg

 塩の道に戻って参りました。

 「D」から西方向を撮影しています。

 「B」の手前、右下に下る道が、往時の潮の道です。

 「A」と「B」は、往時、つながっていたのが、近年、道路設置のために分断されたようです。

IMG_8302.jpg

 今度は、「B」から東方向を撮影しました。

*その後、 「高天神城」 の周りに、徳川勢は次々と付け城を普請し、完全に包囲してしまいました。

 高天神城攻囲六砦と呼ばれています。

 静岡の城 の「大井川の西」部門で紹介させていただいています。

塩買坂陣場

*「甲陽軍鑑」によりますと、高天神城軍監横田尹松は武田勝頼へ書状をしたためたということです。

 「甲陽軍鑑」は江戸時代に書かれた軍記物で、史実と符合しない記載もあるとされていますが・・・

 歴史ロマンということで、その要約を記載します。


IMG_8300_201602130912442c9.jpg

 「B」から撮影した「C」

 斜面が切り立っていますね。

*「高天神城は、もはや救うことはできません。

  あきらめてください。

  よって、援軍は不要です。」


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 「C」と「A」の間の、食い込み堀状地形。

*「それでも、勝頼公がお心をかけてくださるというなら・・・

  塩買坂に布陣し勝頼公の御旗を見せてください。

   しかし、それ以上進んではなりません。」


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 「A」だけでも百人は駐屯できる広さがあります。

*「そのとき、我々は城を出て討ち死にします。」

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 手前は、近世の道路敷設で破壊されていますが・・・

 奥側の斜面は切り立っています。

 西からの敵を迎え撃つ最前線ですからね。

*「城兵が援軍を待ち切れずに暴走し、勝手に死んだことになります。

  援軍を出された勝頼公の不名誉にはなりません。」


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 「B」も茶畑になっています。

 是非、「B」の西端までお進みください。

*「もし万が一、我々が塩買坂まで到達できたら、我々を伴って撤退してください。」

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 視界が開け、遠州灘まで見渡すことができます。

*塩買坂に、武田の旗がヒルガエルことは「高天神の渇望」であったと推察いたします。

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*しかし、武田勝頼が塩買坂に布陣することはありませんでした。

 塩買坂からの、高天神城方向の写真でお別れです。

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