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管ヶ谷小城 ~ 相良掌握の古城か?

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

 平成28年2月3日、管ヶ谷小城に行って参りました。
 静岡県牧之原市管ヶ谷にあります。

 静岡県遺跡地図に場所が示してあったので行ってまいりました。

管ヶ谷小城アクセス

 相良港と相良の町を見下ろす場所にあり、近くを塩の道が通っています。

 相良港を支配し、流通を掌握するために築かれた可能性を感じます。

IMG_8269_201602091022393bd.jpg

 塩の道の表示があります。

 この道で、長野県まで塩が運ばれたということです。

 この表示から、道沿いに北へ下っていくと・・・・

IMG_8271_201602091023588ac.jpg

 管ヶ谷小城への入り口があります。

IMG_8273_2016020910244805a.jpg

 「B」のスペースです。

 ここはまだ城内ではないかもしれません。

管ヶ谷小城

 広大な城域です。

 「小城」ではなく、「古城」であったのではないでしょうか?

 南側の台地上から見下ろされてしまうという弱点があるため、戦国期には使用されなくなり、古城扱いとなったのではないでしょうか?

 武田勝頼は、相良港近くに相良城を築城しています。

 郭名は勝手につけました。

IMG_8276_20160209102951a9f.jpg

 「A」の手前は土橋状の登りとなっています。

 道路設置の為に盛土されたかもしれません。

 「A」からが城域だと推察いたします。

IMG_8278_201602091031593e4.jpg

 「三郭」です。

IMG_8280.jpg

 「二郭」への道も、盛土でしょうね。

IMG_8282.jpg

 「二郭」です。

 申し訳ありません。

 茶畑写真館になっております。

IMG_8288.jpg

 堀跡と推定する場所です。

IMG_8287.jpg

 本郭です。

 豪華な御殿を建てることが可能な広さです。

 塩の流通で巨万の富を得た在地勢力があったのでしょうか?

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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