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祢津下の城(5) ~ 大手小口

 祢津下の城の第5話です。

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 堀切「あ」に降り立ちました。

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 「C」に登ってきました。

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 本郭背後の土塁に登り、本郭を見下ろしました。

祢津下の城

 ここから、大手方向の解説へ移ります。

*1585年、真田昌幸は、徳川家康の傘下を離脱し、上杉景勝を頼りました。

 このとき上杉景勝が発行した書状があります。

 書状には、祢津昌綱の身の上は、真田昌幸にまかせることが記されています。

 (平山優一著・武田遺領をめぐる動乱と秀吉の野望)


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 右上に塁壁を見ながら坂口を登っていくと・・・

 道は右へ屈曲します。

*徳川家康は、真田昌幸の裏切りに激怒し、7千の討伐軍を差し向けました。

 討伐軍が祢津氏の城に差し掛かったところ、祢津軍は上田城へ撤退したということです。

 徳川軍を油断させるために、真田昌幸が練ったシナリオかもしれませんね。

 真田昌幸は、その後、上田城で徳川軍を撃破しています。


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 屈曲した先は、塁壁と塁壁に挟まれた「A」の小口があります。

 写真は、左側の塁壁をアングルに入れました。

*敗れた徳川軍は、しばらく小諸城に滞在していました。

 徳川勢の再度の侵攻に備え・・・

 小諸城に近い、祢津下の城に、この時期、追加普請の手が加えられた可能性もありますね。


IMG_3588_20151220132524c92.jpg

 今度は、右側の塁壁をアングルに入れました。

IMG_3585.jpg

 「A」の小口を通りぬけて、振り返りました。

 これだとアングルにおさまりますね。

 「祢津下の城第5話・本郭からの眺望」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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