HOME   »  中世城郭  »  祢津下の城(2) ~ 放射竪堀

祢津下の城(2) ~ 放射竪堀

 祢津下の城の第2話です。

IMG_3507_20151220103852b91.jpg

 「え」から上に竪堀が伸びています。

IMG_3508.jpg

 程の写真から、竪堀を少々登って撮影しました。

 この竪堀を攻城兵が昇っていくと、三郭から岩を投げ落とされて、岩の下敷きになってしまいます。

祢津下の城

 「え」から、上に向けて、三本の竪堀が放射状に伸びています。

 攻城兵の迂回を阻止する意図と、竪堀内へ誘導し、攻撃しやすくする意図があったのだと思われます。

*室町時代の1400年、信濃国人衆が、守護の小笠原家に反抗する大塔合戦が発生しました。

 その際、祢津氏の配下に加わった豪族のメンツから推察すると、祢津氏の支配は真田郷から塩田平方面にまで及んでいたようです。


IMG_3509.jpg

 「え」から、下方の二重竪堀を撮影しました。

IMG_3510.jpg

 「え」から、搦手へ向けて「お」の竪堀が伸びています。

IMG_3517_20151220105549df2.jpg

 搦手から、池方面を撮影しました。

 手前側が土橋状になっていますが、マンホールがあるので、近世の破壊かもしれません。

IMG_3518.jpg

 池が見えてきました。

 土塁に囲まれています。

IMG_3519_20151220105909d9a.jpg

 池には、水があります。

 降雨の多い季節には満々とたたえられ、攻城兵は左右の土塁上を通るようになっていたのではないでしょうか?

 「祢津下の城第3話 ・堀切から竪堀」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード