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祢津下の城(1) ~ 長大二重竪堀

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成27年11月28日、「らんまる攻城戦記オーナー・らんまるさん」のご案内で矢立城に行って参りました。
 お城仲間のМさんもご一緒です。

c祢津2
 長野県東御市祢津にあります。

 祢津下の城は、滋野一族「祢津氏」の城であるとされています。

 山腹に専用駐車場があり、大変便利です。

IMG_3485.jpg

 10年ほど前、私は写真左の道を選択して、本郭へ至り、本郭から同じ道を引き返して参りました。

 ところが、後で知ったのです。

 「祢津下の城は本郭の北側の遺構が素晴らしく、北側から登ってこそ、その価値を堪能できる。」ということを・・・

 そこで、今回、らんまるさんに北からの登りをご案内いただくこととなりました。

IMG_3494_2015122009074011b.jpg

 10分ほど登ると、長大な竪堀が現れました。

IMG_3495_2015122009070213d.jpg

 二重竪堀となって、数十メートル続いています。

祢津下の城

 図の右手から、攻城兵が緩斜面を通って、二郭、本郭へ攻め込むのを阻止するために、二重竪堀が普請されたものと思われます。

*滋野一族は、平安の昔から長野県小県地区に勢力を張っていました。

 本流が海野家、支流に望月家、祢津家があり、滋野三家と呼ばれていました。


IMG_3496_20151220091630c7f.jpg

 二重竪堀から、本郭方面を見上げました。

 二重竪堀がなければ、移動が容易であることが見て取れます。

IMG_3497.jpg

 「き」の竪堀の左側は、往時、石積みで固められていたようですね。

IMG_3498.jpg

 竪堀と、竪堀の間の土塁の上を登っていく、らんまるさん。

 らんまるさんの向こう側に尾根筋が見えてきましたね。

IMG_3506.jpg

 「く」の場所で石積みが途切れています。

 門があったのでしょうか? 破壊されたのでしょうか?

 写真の奥、本郭と二郭と間の堀切が、こんなに遠くからでも視認できますね。

 「祢津下の城第2話・放射竪堀」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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BSジャパン
お気持ち察します・・・
お口直しではないですが
BSジャパンで
21時ごろから
真田幸村ネタ放映ありますよ。
Re: 池なんですが
丸馬出様 ご来訪ありがとうございます。

 丸馬出様と同感です。
 池と図示した部分は水堀だったのではないかと感じています。

 両脇の池淵は土橋で、土橋を進む攻城兵へ、一段上の堡塁から射撃を加える防御構想ではないでしょうか?

 山城の尾根筋に水堀を配置するのは、大変珍しい縄張りですね。

 両脇から見ると、窪んでいる場所なので、地下で水脈がつながって、水をためることができたのかもしれません。

 追伸の独り言・・ 捨て置き下され・・・
 
 ブラタモリの小田原城を見忘れて、落ち込んでおります。
池なんですが
いつも楽しく拝見させていただいております。
前から感じていたのですが
池と記載されている空間は
当時は水堀だったのでは?
と思うのですが
武蔵様はいかが思われます?
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