HOME   »  中世城郭  »  真田郷根小屋城(1) ~ 川中島への道

真田郷根小屋城(1) ~ 川中島への道

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成27年11月28日、「らんまる攻城戦記オーナー・らんまるさん」のご案内で真田郷根小屋城に行って参りました。
 お城仲間のМさんもご一緒です。

c洗馬2
 長野県上田市真田町傍陽にあります。

 地図の右下側が真田郷で、左上へ道を進むと、地蔵峠があり、峠を越えると川中島です。

*武田信玄のライバル村上義清が健在の頃、西方の北國街道を村上義清が抑えていたため、武田は地蔵峠越えの道で、川中島と行き来していました。

 1548年の上田原合戦時、尾引城の横尾氏(村上派)が没落し、この地を去っています。

 上田原合戦は武田の敗北との見方が多いのですが、実は、主戦場と離れた、尾引城と周辺の真田郷を武田が占領し、実利を上げていたと推察いたします。

 事実、1550年の砥石城合戦時には・・・

 川中島の寺尾城(武田派)の救援に、真田幸隆が派遣されています。

 武田が、真田郷と地蔵峠の道を掌握していなければ、援軍の派遣は不可能です。

 当時の武田にとって重要な、「川中島への道」を抑えるために、真田郷根小屋城は重要視されたと推定されています。


IMG_3591_2015121011483143a.jpg

 城のすぐ下には、神川が流れており、城を攻めるにはまず、川を渡らなければなりません。

 雪解けの増水時には、渡河は大きなリスクを伴ったことでしょう。

IMG_3595.jpg

 親切にも、表示板が設置してあります。

 表示板の手前には、道幅が広くなっている箇所があり、車を停めても迷惑は掛かりません。

IMG_3597_20151210115134dbf.jpg

 登り口もわかりやすいですね。

IMG_3599_20151210133500666.jpg

 登山道は、急斜面にへばりつくようで細いです。

 ところどころ石積みが見えます。

真田根小屋南

 先人の図面から起こしました。

 こんな急な斜面にわざわざ腰郭を普請しなくとも、敵は登ってこれないのに・・・

 と思うような斜面に腰郭群があります。

IMG_3602_20151210133818ba1.jpg

 腰郭のひとつです。

IMG_3604_20151210134426d12.jpg

 次第に視界が開け、真田郷を見下ろすことができるようになってきました。

 あの山には、矢沢氏の砦があったと、らんまるさんが教えてくださいました。

 矢沢氏と言えば、真田昌幸の下で、沼田城代を務めたのが矢沢頼綱でしたね。

IMG_3608.jpg

 「H郭」だったと思います。

 「真田郷根小屋城第2話・折れ線防御」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
スポンサーサイト
Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード